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『糸の切れたマリオネット』
二つの傘とそぞろ雨。

ここ連日続いた快晴にストップがかかり、今日は朝から雨だった。植物には恵みの雨であろうが、俺にとってはこのじっとりとした湿度がなかなか不快である。

買い物帰りの細い路地を、二人で傘をさして並んで歩く。
足を動かす度にピチャピチャと水の音が後を追ってきた。いくら避けて歩いてもこんな日は気休めにしかならなくて、履いているスニーカーはすでにびちゃびちゃだ。これまた不快感に眉根が寄る。さすがにこれじゃあ洗濯行きだなぁと盛大なため息がこぼれた。

「真紀、雨嫌いなの?」

俺の様子で察したらしいイオが聞いてくる。

「嫌いってわけでもないけど…、まぁ、どちらかと言えば晴れてる方が好きかなぁ」

「ふうん」

「でも昨日みたくかんかん照りの猛暑でも困るんだよなー…暑いのやだ」

「真紀は我が儘ですねぇ」

クスクスと、イオは可笑しそうに笑った。

しとしと、
ピチャピチャ。

服と靴はひどい有様で、雨は止みそうになくて。けれど、とても穏やかな気持ちだった。
あの晩以降、俺はイオを再び外へ連れ出すようにしていた。今も食料品を買いにひと駅分離れたスーパーへ行ってきた帰りである。外部への露出は極力控えた方がいいことは承知の上だが、それでも可能な限りはイオの意思を尊重してやりたいと考えたのだ。あちら側にはもう居場所はバレていることだし、と開き直っている部分もあるのだが。………どうせいつか手放さなければならないのなら、やれる時にやってしまおうと俺は決めた。

隣を見ると、イオはとても楽しそうに見えた。こういう顔が見れるのであれば、多少の危険はまあよしとしよう。


ふと、イオとばっちり目が合う。そしてイオはちょっと意味ありげに目を細めてみせる。

「なに?やっと手を繋いでくれる気になった?」

「…なっ、なってない!」

そんなに全力で否定しなくても、とイオは楽しそうに笑っているが、俺にとってはそう笑っていられる話じゃない。
…あの二人で一緒に寝た日からというもの、実はそれが今も続いていたりする。何がよかったのかはわからないが、イオはたいへんお気に召したらしく…。一応断ってはみるのだが、たとえ寝る時は問題なくても朝起きたらイオの腕の中なんだから結果は変わらない。なんだかなーだ。でもやっぱりそれを許し、まぁ実際そう悪くはないんだななんて思う自分がいて、たまにそのことに気づいては途方に暮れていたりする。
………や、きっとアレだ。イオは大型犬みたいな感じなんだ。愛犬と寝ているような、そんなかんじだ。そうに違いない。そうしよう。

そんなことを一人悶々と考えて無理矢理納得していると、いつの間にかアパートの近くまで来ていた。
あの日―――、イオと初めて出会ったあの夜に通った道。確かこの辺りでイオは野良猫のニーさんと対峙していたんだっけ、と思い出して自然と笑みがこぼれた。





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