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『糸の切れたマリオネット』


フンッ、と鼻で笑って、男は躊躇することなくベランダからヒラリと飛び降りた。

「え?ちょっ、待て!ここ2階…………!!?」

慌てて下を覗いたが、そこには誰もいなかった。確かに降りていった筈なのだが………。




一人になったベランダで呆然と立ちつくす。
星が瞬く夏空は、何事もなかったように穏やかな夜風を運んでいた。

頭の中がぐちゃぐちゃで、うまく考えられない。

突然の男の出現。
男は、イオは自ら研究所へ戻ると言った。何よりその言葉が心にチクリとした痛みを与えた。

イオが、いなくなる…。

今回は大丈夫だったとはいえ、次、あいつらが現れるのはいつだろう。一週間後?半月後かもしれない。もしかしたら、………明日、かもしれない。
イオと過ごしたこの穏やかな2週間が奇跡であり、偶然であり、とても不安定で危ういものだったことを知った。
背中に冷たい汗が流れた。

水族館へ行ったことは失敗だったかもしれない。
イオを守りたいと思っていながら、返って危ない目にあわせてしまった。それも致命的な。明らかな墓穴だ。浅はかな自分に腹が立つ。

拳を握りしめて俯いていると、後ろから軽い硬音が聞こえた。びっくりして振り返ると、窓越しに風呂上がりのイオと目が合った。どうやらガラスをノックしたらしい。

「真紀?どうしたの?……顔色がよくない」

カラカラと窓がスライドされ、イオの心配そうな顔に覗き込まれた。頬に触れる手の平が優しくて、思わず縋るように顔を擦り寄せる。

話す…べきだろうか。
イオを回収に来たという先程の男。今回は猶予されたというだけで、いずれは鉢合わせするだろう。………『契約』のことも気になる。
だけど、

「真紀……?」

不安気に身を案じるイオに、俺はなるべくいつもどおり微笑んだ。

「なんでもないよ。ちょっと考え事してた。…大丈夫だよ、ありがとう」

まだ少し訝しがるイオにデコピンをしてやる。おでこを押さえてびっくりするイオにちょっと笑えた。
クスクス笑う俺に、まだ少し気掛かりなようだったイオはもう何も言わなかった。




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