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『糸の切れたマリオネット』


「…猫がいたから」

「は?」

「猫がいたから、触ってみようと思って…」

そういって俺に危機感のかけらもない眼差しを向けてくる。
いや、そうじゃなくて。

「えっと………猫好きなんですか?」

微妙にズレている会話を少し無視して、男に問い掛けてみる。すると、またキョトンとされた。なんなんだ。

「いや、猫というものは認識していたが、実際に本物を目にしたのは初めてだ」

………このご時世に、猫を初めて見るとか…そんな人いるのだろうか。
しかし本人は至って真面目のようで、含みのない真っ直ぐな眼差しを向けてくる。

男は俺より年上に見える。二十代半ばから後半と言ったところか。
成人男性が生まれてこのかた猫を一度も見たことがないとは。俺の常識ではありえなかったけれど、しかしそれはなんだか事実のようだった。もしかしてこの男、どこかいいところのお坊ちゃんだろうか。悪けりゃどっかの国の王子様。俺みたいな一般庶民の生活とは掛け離れていた、とか。

俺の思考が変な方向に傾き出した時、男の注意はまた例の猫へと向かう。どうしても触りたいらしいが、猫は猫で抗う気満々だ。

「ちょっ、危ないって!また引っ掻かれますよ」

俺は思わず男の手を掴み、猫から引き離した。

その時、…ほんの一瞬ではあったが、触れた先に微かな違和感を感じたような…気がした。

「?……そんな触り方したら、猫も怯えますって。まず屈んで、猫の鼻先に手を出してみてください」

猫が怯えないよう低い位置に屈み手を差し出す。警戒をあらわにしていた猫も、暫くすると手に鼻先を近付けクンクンとニオイを嗅ぎ出した。存分に嗅ぐと、猫は先程とは打って変わって大人しくなる。
首の辺りを掻いてやると、猫は気持ちよさそうに喉を鳴らした。けっこう人懐っこい。

「こうやって、ニオイを嗅がせて確認させてやるんです。敵じゃないとわかれば触らせてくれますよ」

「におい………」





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あきゅろす。
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