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小説
Kaleidoscope
「おばあちゃま…うそでしょ…?おばあちゃま…!目をあけておばあちゃま!…私をひとりぼっちにしないで…!いや…!おばあちゃま…おばあちゃまあぁッ!!」


ここ数日、天気はずっと雨だ。
雨戸を閉め切っていると城の中の空気がこもって不快になる。
風はないようなので政宗が雨戸を開けると、花畑…美涼の家にたくさんの人が集まっているのが見えた。
政宗の城の女中と思われる者が二人、こちらに戻ってくる。

「What…?」
政宗は胸騒ぎを覚え、戻ってきた女中にたずねた。
「何かあったのか?」
女中はため息をついた。
「あの花畑に住んでるおばあ様が…花を売ってこちらに帰ってくる途中に足を滑らせて川に落ちてしまったそうです。連日の雨で橋が泥で滑りやすくなってて…川が増水して流れも早くなってて…。かなり流されたみたいです」
「なんだと…」
美涼の祖母が亡くなった。
「あの家には孫娘さんがいるそうですが…まだお若いのに…」
女中は頭を下げて仕事に戻っていった。
「小十郎!小十郎!」
政宗が呼ぶと、すぐにやってくる小十郎。
「すずみのおばあちゃまが亡くなったそうだな」
「…聞いておりました」
重い沈黙が流れる。
「すずみの力になってやりてぇ」
「政宗様…」
政宗は立ち上がると出かける支度をする。
「政宗様、美涼のもとへ行かれるのですか?…今はまだ慌ただしいのでもう少し待たれたほうが…」
「Ahh?すずみンとこなんか行かねえよ」
声の調子で、政宗の心が荒れているのが小十郎にはすぐわかった。
「城下に行ってくる」
「政宗様、これから大事な…」
「Shit!!あんなつまんねー話の場なんか水掛け論ばかりじゃねーか。今更オレがいなくても平気だろ」
「政宗様!」
小十郎の制止を振り切って政宗は城を出ると馬を走らせた。

その夜、食卓に突っ伏し、朝から泣き通しだった美涼の家の戸を叩く音がしたが、美涼には起き上がる気力さえ残っていなかった。
どうせ祖母の弔問客だろうと美涼は思っていた。
「すずみ…」
その声に美涼の体はぴくりと反応するが、起き上がる気力がない。
政宗はそっと近寄り、伏した美涼の小さな肩を抱く。
「ま…さむね…さ…」
泣き腫らした赤い目は虚ろに宙をさまよい、瞳は暗く濁ってしまっている。
「大丈夫だ、すずみ。オレがいる。…泣いていいんだぞ。オレの前では遠慮すんなよ…」
優しく抱きしめると、ふつりと糸が切れたのか美涼は声をあげて泣いた。
「政宗様…政宗さ…っ!…ぅあ…おばあちゃまが…なくなっっ…!ぅ…、…さむ、ね…さま…」
しゃくりあげながら、息継ぎを繰り返す美涼の背中を政宗は優しくさする。
「オレも…すずみのおばあちゃまには散々世話になったからな…」
ついこの間まであんなに笑っていたのに、今抱きしめている美涼はまるで別人のようだ。

「…すずみ…オレと一緒に…城にくるか…?」
美涼は力無く首を横に振った。
「私…花、作る…。おばあちゃまに教えてもらっていたから…きれいな花、たくさん…」
泣いても泣いても止まらない涙が美涼の頬を濡らしていく。
政宗は美涼の涙を優しく指で拭う。
「そうだよな…。すずみを城に呼ぶのは簡単だけど…そしたらなんだかんだ言ってここに来れなくなっちまうのも嫌だな…。…すずみに…これをやるよ」
政宗は美涼から少し離れると小さな包みを渡す。
「Kaleidoscope…万華鏡だ」
「万華鏡…」
美涼は万華鏡を覗く。
「きれ…い…」
「すずみんちの花には劣るけどよ…。なかなかオレもここに来れなくて…」
申し訳なさそうな政宗の声に美涼は精一杯の笑顔で応える。
「…政宗様は…これから時代を引っ張っていかなければならないのですから…」
「無理に笑うこたぁねぇよ」
優しく抱き寄せると、安心したように美涼は目を閉じる。
「あったかい…、政宗様…」
「寝てないんだろ?寝てもいいんだぜ」
政宗がそう言うと、美涼は小さく頷いた。

美涼が眠ってすぐに小十郎が来た。
変わり果てた美涼の姿に小十郎の胸が痛む。
「政宗様…」
「今眠ったところだ。眠れねぇ日が続いたんだろう。…奥に布団があるな。小十郎」
「はっ」
小十郎は部屋の奥に畳まれた布団を敷くと、政宗は美涼を起こさないように抱き上げてそっと寝かせてやる。
「政宗様…それは…」
小十郎が見つけたのは美涼の手にしっかりと握られた万華鏡。
「これを美涼に…だから城下へ行かれたのですか…」
「まぁ、すずみの家の花のほうがずっと綺麗なのは百も承知なんだけどよ」
二人はしばらく美涼の寝顔を眺めていたが、政宗が帰るぞと立ち上がる。
小十郎も立ち上がるが、なかなか政宗がこちらにくる様子がない。
振り向くと、政宗は布団に戻り、美涼の唇に優しく口づけていた。
小十郎は静かに背を向ける。

「またな、すずみ」

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