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小説
見てしまった
夜、幸村に申し訳ないことをしてしまったと思いながら琴は布団の中でもごもごと動く。
(でも…でも何でもかんでも破廉恥破廉恥言う幸村様が悪いんだからっ!)
目を閉じてはみるものの、睡魔はやってこない。
「…眠れない…」
琴は布団から抜け出し、そっと縁側に出て池に映る月を眺める。
満月が近いせいか、月はどんどん丸く膨らんでいくのに、琴の心はしぼんでいくばかり。
琴はぼんやり頬杖をついて月を眺めていた。

「琴ちゃん」
頭の上で佐助の声がする。
「佐助さん…」
忍という職業柄、佐助は声で機敏に反応する。
琴が空元気で振る舞っていることを。
「旦那のことなら気にしなくてもいいと思うよ」
「…」
「お館様なら琴ちゃんのこと気にいるんじゃないかな」
「…」
つ、と琴の頬を涙が滑っていく。
「こ、琴ちゃん…?」
「あわわわっ、どうしたのかな、私。な、なんでもないよ佐助さん、大丈夫だから」
顔の前でぶんぶんと両手を振った琴の目から大粒の涙がぽろぽろとこぼれる。
「ああ、ほらもう…。大丈夫じゃないくせに大丈夫なんて強がっちゃうから…」

「お館様も…琴を気に入ってくれたみたいだ…」
思い切り投げられたとはいえ、幸村は信玄に琴を褒められたことが嬉しかった。
「…お館様は褒めて下さったのに、どうして琴は逃げてしまったのであろうか?…明日琴にしらせよう。お館様が琴を気に入ったと。…いや、今がいい」
幸村も布団を出て部屋の外に出る。
琴の部屋は一番奥。
手前の部屋も、その手前の部屋も今は女中は暇をもらっているのでいない。
なるべく音を立てないように廊下を歩いていくと、幸村の足が止まる。
「あれは…琴…そして佐助…!」
この間、幸村は琴と佐助が口づけを交わしているのを見たばかりだ。
「…琴…は…佐助が好きなのか…?」
暗くてよく見えないが、佐助の手が琴の頬に触れたように見えた。
「俺が…未熟だから…琴は愛想を尽かしてしまったのか…?」
幸村の胸が締めつけられていく。
「…琴…っ」
名前を呼ぶたびに、切なくて甘酸っぱい、くすぐったい気持ちになる。
どうしようもなく、胸が苦しい。

「ごめんな、琴ちゃん。俺様が無茶言ったばっかりに」
「いいえ…。佐助さんは悪くない…。私が悪いんです…」
うつむいた琴に近寄る佐助の目線の先に、またしても幸村が見えた。
佐助は琴を抱きしめたあと、両手で琴の頬を包んで額を合わせる。
「佐助さん…?」
「琴ちゃんはさ…旦那のこと好き?好きだったら俺様の腰に手を回して」
佐助の腰に琴の腕が回される。
「でも…幸村様が私のことを好きじゃないと思う…」
琴の弱々しい声が佐助の耳をくすぐった。

「…佐助…!琴と…。」
見てしまった。
佐助と琴が口づけをしているのを。
琴も嫌じゃないのか、佐助の腰に腕を回している。
もう、破廉恥どころの騒ぎではない。
佐助と琴は想い合っている。
…だけど…だけど…。
毎日毎日一生懸命身の回りの世話をしてくれる琴。
今まで着替えを手伝っていたおさやが戻ってきてからも、幸村は琴に着替えの手伝いをしてくれるよう命じた。
…そうすれば、琴に毎日会えるから。
何だかんだ言って理由をつけては琴が来てくれた。
しょうがないですね、幸村様はと呆れながらもいつも琴は笑って世話をしてくれた。
けれど、琴は佐助の腕の中。
「俺の夢は…お館様の上洛…」
それだけか?ともう一人の自分が幸村に問いかける。
幸村は自室に戻って布団に入った。
「俺は…琴が好き…なのか…?」
幸村は自問自答を繰り返す。

「ごめんね、佐助さん。びっくりしたでしょ…」
「俺様こそごめんな。琴ちゃんに相当無理をさせてたみたいで…」
するりと佐助の腰から離れる琴の腕。
「…でもね、佐助さん」
「なに?」
「私、何でもないことで破廉恥破廉恥言われても、結局最後には幸村様を許しちゃうんだ」
琴は肩をすくめる。
「惚れた弱みってやつなのかな、これって」
「琴ちゃんも切ない言葉を口にするようになったね。旦那より大人になっちゃったかな」
「どうかなぁ。…そろそろ私は休みますね」
「あぁ」
おやすみの挨拶をして、二人はそれぞれの部屋へとわかれた。

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