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小説
見られてしまった
「佐助さん!幸村様どこにいるかわかりませんか?」
琴は縁側で武器の手入れをしていた佐助に声をかける。
「んぁ、旦那ならそこでお館様と稽古してるよ」
「ありがとう!幸村様、鉢巻を忘れて出て行ったみたいだから!」
小さな手を振って琴はぱたぱたと出て行った。

しばらく走っていくと、幸村と信玄が蹴りを放ったり投げ飛ばしたりと稽古という名のど突き合いをしている。
佐助から聞いているので実際の光景を目にしても琴は特に驚かない。
「ゆーきーむーらーさーまー!!」
「うむ!?琴ではないか!!」
ど突きど突かれ、息を切らし始めた幸村は額の汗をごしごしと袖で拭う。
小走りでこちらに向かってきた琴は信玄の姿を見つけると丁寧に挨拶をした。
「琴、と言ったな」
信玄の声にはい、と元気よく返事をする。
「うむ、なかなか良い娘ではないか!まだまだ未熟な幸村を頼むぞ!!」
「ところで琴、拙者に何か用でござるか?」
ああそうだ、と琴は両手を幸村に差し出す。
手のひらには、きちんとたたまれた真っ赤な鉢巻。
「幸村様、大事な鉢巻をお忘れでいらっしゃいますよ。はい」
ハッとした幸村は慌てて額を触る。
「そういえば、何だか額が涼しいなと思ったら…鉢巻を忘れてしまったのか…。身につけるものの管理を怠るとは…この幸村、まだまだ未熟である証!!お館様、さらに厳しい稽古をッッッ!!琴、かたじけない!!これがあるとより一層お館様との稽古に身が入るでござるゥッ!!」
幸村はぐっと琴の手を両手で握りしめる。
「ゆ、幸村様!?」
びっくりした琴の目線は握られた手と幸村の顔をうろうろする。
「幸村!お主いつの間に娘の手を握ることが出来るようになったのだ!?」
信玄の言葉に我に返った幸村がみるみる赤くなる。
「ぅ…わ……は、はは、ははっ、は、破廉恥でござるぅうぅうぅぅッッ!お、おな、なご、おなごの手を握ってしまったあぁあぁぁこの手でエェエエェ!!お館さぶぁ、お館さぶぁあぁ!!どうかこの幸村に切腹する権利をお与え下されぇええぇあ!!」
「いや、幸村よ、ワシは嬉しいぞ!年頃のお主なら好いた娘の一人や二人…」
いいえ、と幸村は頭を振る。
「この両手は…強くなるためのものでござる!!お館様のお役に立つためのものでござる!!おなごに触れるためのものではないのでござるゥッ!!」

…ぷちん、と何かが琴の中で切れた気がした。
つかつかと幸村に近寄った凪はなおもわーわーと騒ぐ幸村の襟を掴んで背負い投げてしまった。
「お館さ…ぐはぁっ!!…!?」
どがっしゃん!と地面に叩きつけられた幸村は何が起こったのかわからず、目を丸くするばかり。
「信玄様の前でみっともない真似はおやめ下さいませ!…それと…」
何か言いかけて琴は横を向くと信玄と目が合った。
「琴…。お主、幸村を投げただと…?」
「…私…!?」
正気に戻った琴はたちまち真っ青になる。
「幸村様を…投げちゃった…」
もう何が何だかわからなくなって、城主である幸村を投げ飛ばして申し訳ない気持ちと幸村が師と仰ぐ信玄の前でいつもの口より手が早く手が出る癖を出してしまったことへの恥ずかしさ、自分の気の短さへの情けなさが琴の中でぐるぐると回る。
琴は手で顔を覆って走り出してしまった。
(終わった、何もかも…。もう私を嫁にもらってくれる殿方は日ノ本から完全に消えた…!)

「あの娘…」
信玄の言葉に幸村は立ち上がる。
「やりおる!天晴れ!」
「お館様!琴はよく拙者を投げ飛ばしております!」
うむ、と信玄は腕を組んで満足そうに頷く。
「ところで幸村!琴はお主の恋人ではないのか!?」
「いや、その…琴は…拙者の身の回りの世話をしてくれる女中であって…それ以上ではないのであります」
ふむ、と信玄は目を閉じる。
「なんと勿体無い!幸村よ!お主は琴をもっと大事にするのだ!」
「お、お館様!?」
「琴こそ幸村に必要な娘!明るく、気配りができて時には手も出る強さを持っておる!甘やかされすぎて育った城の娘よりもよっぽど素晴らしい!」

「え、お館様の前で旦那投げちゃった!?」
佐助の前で琴は無言で頷く。
「もうだめかもしれない、私。師と仰ぐ信玄様の前で女中に投げられるなんて姿を晒してしまった幸村様の自尊心に傷がつかないわけがないもの。女中失格って言われちゃうかもしれない…」
「琴ちゃん」
琴は下を向いたまま静かに自分の部屋に戻った。

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