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小説
失敗
翌朝。
半兵衛はいつになっても戻ってこない忍たちに不安を覚えた。
あれだけの忍を送り込んだのだから、いくら優秀な猿飛、かすが、風魔、…そして吹雪とて数には適わないはずだ、そう思っていた。
やがて、一人の忍が傷を負って城に戻って来るのが見えた。

「吹雪が…死んだ?」
その知らせに半兵衛は動揺を隠せなかった。
「生かして連れてくるようにとあれだけ言ったはずだ。誰が吹雪を殺した?」
穏やかな口調ながらも、隠せない焦りと怒り。
「あやめが…吹雪を殺しました」
「あやめが…?」
半兵衛の冷たすぎる目に、何事にも動じてはいけないと厳しく訓練されている忍ですら背中に冷たい汗が流れる。
「はっ。あやめは…吹雪を自分と竹中様の恋路を邪魔する奴だと。竹中様と自分は恋仲だから、それを裂こうとしている吹雪は生かす気はない、と…。故に、最初から吹雪を殺し…」
「もういい。聞きたくもないよ」
半兵衛はくるりと背を向けると、またしても忍が一人戻ってくるのが見えた。
「竹中様!かすがは足に怪我を負ったものの、何者かに助けられ上杉の城に戻ったようです。命に別状はないとのこと。猿飛佐助は無傷で真田の城に戻りました。風魔小太郎も無傷で北条の城に帰還したそうです」
「なんだと…!」
半兵衛の策は完璧だったはずだ。
(なぜ…なぜなんだ…)
もう一人、忍が戻ってきた。
「竹中様。かすがを襲ったのはあやめです。その前にかすがはこちらの忍を何人か倒したと見られます。かすがとあやめが対峙してる最中、隠れていたあやめの援護をしていた忍がすべて吹雪に倒され、あやめが我々との合流地点に迷っているうちに吹雪がかすがを助けた模様…」
「…。それで、なぜあやめは死んだのだい?」
「はっ、死んだと思われた吹雪が…猿飛を見つけたあやめを…最後の力を振り絞るように技をかけ…。苦しみながらあやめは死にました。…何人かがあやめの敵討ちに向かいましたが、全て猿飛により殺されております。…その後、吹雪は自害した模様で…」
一瞬、半兵衛の目の前が真っ暗になるが、半兵衛は冷静に頭の中で整理する。

あやめはまずかすがを襲った。
そしてあやめとかすがが対峙している時に、あやめを援護していた忍を吹雪が次々に倒した。
あやめが合流地点への道に迷ってる間に吹雪はかすがを助け、先回りして合流地点にいた忍をほとんど倒した。
あやめに攻撃され吹雪は倒れ、あやめは猿飛を抹殺すべく移動した。
しかし、吹雪は生きていた。猿飛と対峙していたあやめに吹雪は最後の力を振り絞って渾身の技を叩き込みあやめを絶命させた。
その後吹雪は自害、かすが、猿飛、風魔は城に戻った。

「なんてことだ…。僕の策に狂いはなかったはずだ…」
半兵衛の唇がわなわなと震える。
「ただ…僕に対するあやめの気持ちが…僕と考えていたものとは違っていただけなんだ…」
一人の忍がスッと前に出る。
「任務が完了したら半兵衛様から褒美が貰えるとあやめは喜んでおりました。あやめが一番喜ぶものを貰えると。…竹中様とあやめは祝言をあげるのが褒美だと…」
「褒美が祝言?誰がそんなことを…?」
きっ、と忍たちを半兵衛は睨みつける。
「…あやめが自分で…。自分と竹中様は祝言をあげる、だからそれを邪魔する吹雪は殺す、と…」
「そんなことは僕は一言も言っていない…!…あやめは…何を勘違いして…!」
珍しく半兵衛が声を荒げる。
そして…あやめが抱いていた自分に対する狂気に満ちた恋心を知ってゾッとした。

「竹中様…これを…」
忍から布に包まれた何かを受け取る。
丁寧に包みをほどいていくと…。
「これは…」
べっとりと血のついた、菖蒲の模様が美しい二丁の銃。
「これで…あやめは執拗に吹雪を撃ちました…。吹雪が動かなくなっても…何度も何度も…」
決してあやめの持ち金では買えないはず、と考えた半兵衛はハッとした。
あやめの部屋から消えたたくさんの綺麗な反物、きらびやかな櫛や簪…。
あやめがそれらを売った金でこの銃を買ったのだと半兵衛は一瞬で理解した。
「そうまでして…吹雪を殺したかったのかい、あやめ…。そんなに吹雪が憎かったのかい、あやめ…」
崩れ落ちそうになる体を何とか支えながら、半兵衛は銃を見つめていた。
「僕は君への褒美に…新しい反物を買ってあげようと思っていたのに…。どうして僕と祝言をあげるだなんて言い出したのか…」
この策が失敗に終わったのは偶然か。
それとも必然だったのか。
軍師竹中半兵衛でも理解できなかった。

しばらく銃を見つめていた半兵衛は戻ってきたわずかな忍に報酬を払うと、忍たちは各々散っていった。
それでもまだ吹雪とあやめが死んだことを受け入れられず、半兵衛は自室で呆然としていた。
「吹雪…君にここまで狂わされるとは思わなかったよ…。ははは、あははははっ!」
しばらく虚しい笑い声を響かせた後、半兵衛はだん!と畳を拳で叩いた。
あやめの、半兵衛に対する想いに偽りはなかった。
あやめは一途に半兵衛を想いすぎるあまり、だんだんその想いを歪め、吹雪に対して殺意を抱いた。
「ごめんよ、あやめ…。僕は…吹雪を愛していたんだ…」
ぽたり、と涙が一粒畳に落ちた。
決して吹雪は半兵衛に心を開くことはなかったが、それでも半兵衛は吹雪を想った。
「あやめ…あやめ…。ごめんよ…。僕が君を邪険に扱わなければ…。こんなことにならなかったのかもしれないね…」
何度も咳き込み、唇から血がこぼれても半兵衛はごめんよ、とつぶやき続けた。

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