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小説
誘惑
相変わらずひらひらとした忍装束であやめは任務と称して団子屋で大福を頬張る。

「よぅ、姉ちゃん。そんな格好して昼から男を誘ってんのかい」
客のひとりがあやめの胸元をじろじろ見ながら声をかけてきた。
もう聞き飽きたこの言葉。
「あやめは竹中半兵衛様に仕えるくノ一でございますの!馴れ馴れしく話しかけないでほしいのですわ!美しい主人には美しく控えめなあやめのようなくノ一が仕えるのが常識なんですわ!よく覚えておくとよろしいですの!」
キンキンとした甲高い声で喚き、だん!と湯呑み茶碗を置いて店を出る。
「あれが軍師竹中半兵衛に仕えてるくノ一だとよ」
「竹中も落ちたものだ」
という話し声が聞こえたがあやめには理解できなかった。
自分がいるからこそ半兵衛の株が上がっているというのに、周りの目は冷ややかだ。
だからこそ、自分は半兵衛に仕えるくノ一だと精一杯主張しているというのに。

「どいつもこいつも…。むしゃくしゃしますわ。今日はこちらの道から帰りましょう」
いつもの大通りではなく、薄暗い細い道を歩くと、なんだか不気味な空気があやめを包んだ。
「なんですの、ここ…?」
やはり明るい大通りから帰ればよかったと一瞬後悔したが、ここに来て引き返すわけにはいかない。
ギュッと拳を握りしめて歩き出すあやめに、ひとりの初老の男が声をかけてくる。
「あんた…くノ一だね」
頭から黒い外套をすっぽり被ったその男にたじろぎながらも、あやめはあくまでも強気な姿勢を崩さなかった。
「なぜあやめがくノ一だということをご存知なのかしら」
男は外套を外さず、渋い声で低く笑った。
「見るからにくノ一って感じだからさ」
「用がないならあやめ、帰りますわ。アナタの相手をしているヒマはありませんの」
歩きだそうとしたあやめに、男はゆっくりと語りかける。
「俺は武器商人なんだ。手裏剣や苦無、刀はもちろんだが、ここら辺じゃちょいと手に入らない武器も扱ってる。少し見ていていかないか?」
「…」
まだ城に戻るには時間がある。
あやめは話半分で男の話を聞くことにした。

手裏剣、忍刀、まきびしなど、見慣れたものばかりの説明でだんだん飽きてきたあやめはそっぽを向いた。
「こんなもの、いつもいつも見ていますわ。あやめをバカにしないでほしいですの」
本当を言うと見たことはあるがあやめにはどれ一つ使えない。
扱いを間違えば自分の体を傷つけたり、命を落としかねないからだ。
そんなことはあやめにはとても考えられなかった。
自分の体や顔に傷がつくなんて想像もしたくない。
そんなあやめを察したのか、武器商人という男は箪笥の中に隠し持っていた風呂敷包みを取り出して広げて見せた。
火縄銃…、いや、それよりずっと小さな銃があやめの前に出される。
「これは…火縄銃かしら?火縄銃ならいりませんわ。着火に時間がかかりますもの。準備してる間に攻撃されてしまいますわ」
あやめが首を傾げていると、男はゆっくりと首を振った。
「これは火縄銃じゃないさ。それよりももっと進化して、連射が可能だ。ここの穴に銃弾…鉛の玉を六発入れて撃つことができる。近距離はもちろん、遠距離からでも攻撃できるんだ」
「離れた相手にも攻撃できるんですの?」
うむ、と男は頷くと畳みかけるようにあやめを誘惑する。
「チョロチョロすばしっこい敵にも使えるぜ。相手に近づく必要もないしな」
真っ先にあやめの脳裏に浮かんだのは…吹雪だった。
正直、実力では吹雪に勝てないことはあやめ自身が一番知っている。
ただ、自分の自尊心がそれを認めたくなかったのだ。
「憎い奴に一発ぶち込んでやれば爽快だぜ」
「…これはいくらですの?あやめ、今すぐ買いますわ!!」
憎い吹雪が自分の銃弾に苦しみながら倒れる姿を想像したあやめは興奮した口調で男に言った。
「興味を持ったのかい?」
「あやめ、これ欲しいですわ!!」
男はニヤリと黒い笑みを浮かべて言った。
「こいつは二丁拳銃なんだ。一つで売ることはできない。性能がいいからちょいと高いぜ」
「金に糸目はつけませんわ!」
確かに値段は高く、あやめの今の手持ちの金ではとても買えなかった。
「…今から城に急いで戻りますわ。それまで誰にも売らないでほしいですの」

あやめは城に戻り、次の装束用に買った反物、たくさんのきらびやかな簪、櫛などをかき集め、あちこちで売って金に変え、また武器商人のもとに戻ってきた。
「お金を用意してきましたわ。これで足りると思いますの」
商人の前に、金の入った袋を差し出すと、商人は手に金を出して確認する。
「ちょっと足りないが…まぁいいや。売ってやるよ」
あやめが買った二丁拳銃には、美しい菖蒲の花の模様があった。
「毎度あり」
丁寧に風呂敷に包んであやめに渡すと、あやめは満足そうに唇を歪めて笑うと城に戻っていく。

そんなあやめの後ろ姿を見ながら商人はつぶやいた。
「…ただ単に憎い相手を殺したい、潰したい…。そんな理由で銃を使うといずれは自分に跳ね返ってくるというのに…」
と。

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