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小説
好奇心と恋
四、五日もするとひよりの調子もだいぶ良くなり、庭を散歩したり、まつの代わりに洗濯物を畳んだり、花に水をやったり、利家の代わりに書の整理をしたりと軽い作業ができるまでになっていた。
ただ、竹刀や薙刀を振るうことはあいかわらず利家やまつに禁止されているのが少々切ないひよりではある。

「薙刀の腕がなまるぅ〜」
書の整理が一段落して、うーんと伸びをしながら横をみると利家がにこにこと笑っていた。

「と、利家様!申し訳ありません!これ、整理し終わった書です!」
おろおろと目線があちこち泳ぐひよこを見て利家は吹き出しながらもがしがしとひよりの頭を撫でる。
「ハハッ、すっかり良くなったみたいだな。もう少ししたらまた釣りに行こうな」
釣り、と聞いてひよりの目が輝く。
「釣り!行きたいです!今すぐにでも!」
「それがなぁ…あと二、三日はひよこを休ませろってまつにきつく言われてるんだよ…」
「えー…そんなぁ」
がっくりと肩を落としたひよりの頭をさらにがしがしと撫でる。
「もう少しの辛抱だ。俺も一人で釣りに行くのは寂しいんだぜ。ひよこと稽古もしたいしな」
そう笑った後、ふいに利家の顔が深刻になる。
「まつから聞いた。お前がややを産める体になったと。それはとても嬉しいことだ。ひよこもいつか母親になるんだ。いつかひよこにふさわしい男が現れてここを出なきゃいけない日が来るだろう。それまでしっかり俺とまつが守ってやらなきゃな」
利家の言葉にひよりの胸が痛んだ。
「だから、な」
一層強くぐしゃぐしゃとひよりの頭を撫でた利家はにっこり笑って言った。
「それまでは、ひよりと釣りに行くし稽古もする。面倒な書はひよこに任せるし、まつの手伝いもしてもらう。いいな?」
利家の気遣いが素直に嬉しかった。
ひよりの目から涙がこぼれる。
「利家様、私…」
「おいおい泣くなよ、ひよこを泣かしたってまつに怒られちまう」
ぐしっと涙を拭って笑顔を作ったひよりの頭を利家は今度は優しく撫でてやる。
「利家様、私これからも頑張ります!なのでまた稽古にも励みますし釣りにも行きたいです!」
「おう、やっぱりひよこは笑った顔が似合うぞ!それじゃあ書を持って行くからな。…っと…。そうだ、ひよこに本を持ってきたんだ」
利家が文机にどさっと本の束を置く。
「薬草や山菜などが載ってるんだ。蔵から持ってきた。暇つぶしにはなるだろ」
「わぁ…ありがとうございます!」
それじゃ、また後でなと利家は部屋を後にした。

その日の夕餉を早めに済ませ、ひよりは熱心に本を読んだ。
薬草や毒草、山菜などが詳しく載っている本や季節の花々が書いてある本など、頁をめくるのが楽しくて仕方なかった。
あっという間に読み終わり、次の本に手を伸ばしたところ、明らかに小さな本が出てきた。
「これは…?」
ぺらぺらとめくっていくとひよりの顔がみるみる真っ赤になっていく。
「これは…春本…!?」
思わず破廉恥!と叫び本を閉じたくなったが、好奇心には勝てず春本を読み始めた。
男女の秘め事や接吻のことなどがかなり細かく書いてある。

女中たちの会話を聞いたことがある。
「好きな人とは肌を合わせたいし、触れたいし触れられたい抱き合っているだけでも幸せになれる」
「想っている人と結ばれることが一番いいけれど大体はお見合いで嫁いでしまうし」
女中だって年頃の娘。想う人がいて当たり前だし恋をして当然だ。
家柄だの身分の違いだので、自分の想う人とは結ばれないのが普通である。

「恋、かぁ…」
ごろりと横になってひよりが目を閉じると、浮かんできたのは朧気ながらも慶次だった。
ハッと目を開け、頭をぶんぶんと振る。
「あの人は私のことなど眼中にないから。私がもっと魅力的なら何日も京にはいないはずだし。…一目惚れが仕事みたいなものだし…」
ぺらりと頁をめくると、接吻…口づけについて詳しく書いてある。
「口づけは…唇だけじゃないのか…」
額、まぶた、耳、鼻、頬、手、髪などいろんなところへの口づけの説明がされてある。
「「口づけとは…甘くて優しく官能的であり、それでいて切ないものでもある」かぁ…」

ひよりは春本を開いたままうーん、と考えた。
私は誰と初めての口づけをするのだろう。
そして初めて肌を合わせる殿方は誰なんだろう。
初めて殿方に抱かれるときはとてもとても痛いと聞いたことがある。
先日まで下腹部の内臓を掴まれたような痛みに苦しめられたひよりには考えられないことだった。
「まぁ、こんな男装まがいな格好ばっかりしてる私を好きになってくれる物好きもいないはずだし」
自分自身に言い聞かせるようにひよりは呟いた。

結局薬草や花々の本よりも熱心にひよりは春本を読んだ。
何度も何度も繰り返し読んでから蝋燭の灯りを吹き消して床に入ったもののなんだかドキドキして眠れなかった。
恋なんて考えたこともなかったから。

恋をしてしまうと自分が自分でなくなりそうな気がして怖かった。

自分は利家やまつの後ろでひよこと呼ばれているのがちょうどいい。
恋をする暇があったら薙刀の稽古でもしてよう、と思いながらひよりは眠りについた。


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