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小説
破廉恥
もちろん吹雪の頭は佐助と同じ場所から出るかたちになる。

「だめ、猿飛様…」
「だめじゃないよ、くしゃみしといて何言ってんの。こんな肩も脚も腕も出した装束で…」
露出度で言ったら絶対にかすがのほうが際どいのに、と吹雪は言い返したかったが、胸の鼓動が邪魔をして口をぱくぱくさせるだけ。
佐助は吹雪の腹部に手を回して、さらに密着するように体を押し付けると口で器用に吹雪の頭を覆っている帽子を外す。
「わっ、だめですってば…」
吹雪の露わになった首に顔を埋めると、吹雪がひくりと体を震わせる。
かすがは体の線がはっきりとわかる装束だが、吹雪は正反対の、体の線が出ないゆったりとした感じの装束。
佐助の腕に吹雪の体の感触が直に伝わってくる。
(柔らかくて…あったかい…。胸は…かすがより控えめかな…。でも俺様の許容範囲内、うん)

普段の佐助なら、ちょっかいは出しても女を抱きしめることなど任務でもほぼしない。
それが、同業の忍…くノ一ならなおさらだ。
吹雪が…自分の前でうっかりとはいえ気を緩めてくれたのが嬉しかった。
「こっち向いて、吹雪」
「いや、だ…よ…ってうわっ!?」
いやと聞いた佐助は吹雪の腹部に回していた手をほどき、素早く吹雪の体を自分の正面に向かせる。
吹雪は佐助の膝に乗るようなかたちで向かい合わせになると恥ずかしいのか下を向いたまま。
「さ…猿飛様…近い…」
「だって近くさせてんだもん」
「〜〜〜っ」
顔を真っ赤にさせて抵抗するも、外套の中ではあまり動けない。
それをいいことに佐助は吹雪を抱きしめる。
鎖帷子のせいであまり強くは抱きしめられないが、小さな丸い華奢な肩ごと包み込むように腕に閉じ込める。
どこの忍かも、敵か味方かもわからない吹雪だが、佐助を安心させる何かを持っていた。
「吹雪も…俺様を抱きしめてよ…」
予想していなかった佐助の言葉に吹雪は一瞬目を丸くしたが、すぐに目を伏せた。
「今…猿飛様を抱きしめたら…離したくなくなるから…」
ほろ苦い吹雪の言葉に、佐助の胸が締め付けられる。
「離したくなくなってもいいからさ…。ね、吹雪…」
ためらいがちな、吹雪の腕が佐助の腰を優しく抱く。
「私の手は…たくさん人を殺めてきたから…。そんな汚れた手で誰かを抱きしめていいのかなって思って…」
「それはさ、お互い様じゃん?俺様だって数え切れないほど人を手にかけてきたよ?」
心の奥底で凍てついていた佐助の感情が静かにあたたかく溶けていく。
こんな感覚は吹雪に出会ってからだ。

満月が冷たさの中にもあたたかさを感じさせるような淡い光で、佐助の赤みがかった髪と、吹雪の艶やかな黒い髪を照らしている。
「吹雪、俺様を見て。俺様の目をさ…」
ゆっくりゆっくり吹雪が目線を上げると、優しく微笑んだ佐助の目にははっきりと吹雪を映している。
「あ…」
吹雪は嬉しくて、じっと佐助の瞳に映る自分を見ていた。
しばらく佐助の目を見ていた吹雪は静かに佐助の肩に自分の顔を埋める。
「吹雪、可愛いほっぺに俺様の鎖帷子の跡ついちゃうよ」
構わない、というように吹雪はふるふると頭を横に振った。
「いいんです…。猿飛様のその目に私が映っているだけで…もう…」
ほんの少し前まで笑いながら大福にかぶりついて、おいしいねと楽しく話していた吹雪じゃないような気がして、何ともいえない感情が佐助の胸で暴れる。
つかみ所のない、それでいて目が離せない吹雪。

「ね、吹雪…」
顔を上げた吹雪に吸い込まれるように、佐助は自分の唇と吹雪の唇を重ねようと顔を近づける。
唇が触れる、まさにそのとき。
「破廉恥…」
「!」
柔らかそうな唇が吐息だけで破廉恥、と言ったことに佐助が動揺した瞬間、吹雪の姿は消え、またふわふわと白い粉雪がひとひら舞い降りてくる。
「女ってやつはさ…。口づけくらいいいじゃない…」
粉雪は佐助の手のひらでゆっくり溶けていく。
少しずつ佐助の心を吹雪が支配していく。
ほんのり切ないため息をついた佐助は吹雪からもらった大福の箱を抱えて城に戻った。

案の定、帰りが遅いと幸村は怒っていたが、大福の箱を幸村に渡すと烈火の炎はすぐに消え、途端に上機嫌になった。
「こっちの面でも…助けられちまったな、吹雪…」
「何か言ったでござるか?」
「いや、何にも。旦那、夜だし虫歯になるからもう今日はそれ食べちゃダメだよ」
食べちゃダメと聞いて幸村の顔がみるみる曇る。
「ひとつなら良かろう」
「ダメったらダメ!虫歯で戦に出れないとか情けないことしないでよね」
「う……」
佐助は幸村が大福を諦めたことを確認すると背を向けた。
「それじゃ、俺様は休ませてもらうから。おやすみなさい、旦那」
佐助が寝床としている屋根裏部屋に消えた後、幸村は複雑な顔をしてゆっくりとその名前を口にする。
「吹雪…?」
と。

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