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小説
離れでの生活
ひよりが離れに移ったことを知り、利家がひよりの身に何かあったのかと騒いでいたがまつに一喝されたのかすぐに静かになった。

離れからすぐに庭に出れるし、庭には池もある。
外の景色も美しい。
少し歩けば蔵もあり書なんかも並んでいる。

「でも…でも…」
布団の中でひよりはつぶやく。
「利家様と釣りに行きたいな。まつ様と畑仕事したいなぁ」
体が鉛のように重たく、下腹部には突き刺すような痛み。
頭もまだぼんやりしているし、出血のため古い布団の綿を股に当て、その上にまつが作ってくれた褌のような下履きをはいているため動きづらくて仕方ない。


「ひよこちゃん、調子はどう?」
食事の膳を持ってきたまつが障子を開け声をかける。
「まつ様…!いけません、病気ではないのですから食事時になればそちらに…」
慌てて起きあがろうとした途端に下腹部がズキリと痛みひよりの顔が歪む。
「いきなり起きあがっちゃダメよひよこちゃんったら、もう」
膳を置いてひよりに駆け寄り、ひよりの下腹部を優しくさする。
まつの手から伝わる優しさと温もりで不思議と体が楽になっていく。
「まつ様…あったかいです…」
落ち着いたひよりの声にまつも安心したようだ。
「人の手ってすごい力を持っているって思うの。…戦の時は仕方ないとはいえその手で人を殺めたり、血で手を染めなければいけない。でもね、武器を持つものだけの手じゃないわ」
「まつ様…」
ひよりの下腹部を優しくさすりながらまつは続ける。
「網を持てば魚が、包丁を持てば料理、筆を持てば文が…。何も持ってなくてもこうしてさすったり誰かの肩に添えたりすることでずいぶん楽になったりするものなの」
まつの手にひよりがそっと自分の手を重ねると、その上にまつの手が重ねられた。
「ひよこちゃんの手はとてもあったかくて優しいわ。この手で病気になった人、怪我をした人、たくさん治してきて…。城の皆さんが言うの。「ひよこの手は素晴らしい」って」
「私…は何もしてないです…」
「自信持っていいの。だから今はその手を休めてゆっくり休んで。お味噌汁が冷めちゃうわ。食べ終わったら廊下に膳を出してくれればいいから」
「そんな!城に仕える身であるというのに上げ膳据え膳なんてできません!」
ひよりが言い終わると同時に利家がまつを呼ぶ声がする。
「まつぅー。まぁーつぅー」
まつは立ち上がるとまた後でねとひよりに言い、部屋を後にした。

まつが腹をさすってくれたおかげでだいぶ痛みが消えたような気がする。
ひよりは起き上がって食事に手をつけた。
「やっぱりまつ様のご飯はおいしいなぁ」
とはいえやっぱり一人の食事は寂しい。
「早く利家様やまつ様、そして慶次様と一緒にご飯食べたいなぁ…」
食べ終えてそろそろと膳を廊下に出して布団に横になると昨夜は腹の痛みであまり眠れなかったせいか、まぶたが重くなってきた。
このまま少し寝たい気持ちと、寝てはいけない気持ちが交錯する。
睡魔の誘惑に負けたひよりがくぅくぅと静かな寝息をたててしばらく経った頃、まつが膳を下げに来た。
部屋に入ると、穏やかに眠るひより。
徐々に大人に近づいているとはいえ、まだまだ寝顔はあどけない。
「利家さまぁ…まつさま…。ひよりはずっとお二人とともに…」
寝言だろうか。むにゃむにゃとひよりの唇が動く。
まつは優しく微笑んで音を立てないようにそっと部屋を出て膳を下げた。

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