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小説
かすがの回想
とある日の夜、かすがは音もなく静かに城に潜入した。
この城の中に、自分が暗殺すべき上杉謙信がいるのだ。
これも任務…おとなしく謙信には死んでもらおう。
そう思った時だった。

「何をしているのかな」
ひたり、とかすがの首もとに冷たい何かが突きつけられる。
鈴を転がすような優しい声。
「!!」
かすがはとっさに苦無を投げつけるも、相手は軽々と後転してかわす。
「お前が上杉謙信に仕える忍か。大したことはなさそうだな」
見たところ、かなり小さく頼りない忍。
さっさとこいつを殺して上杉謙信も暗殺してしまおう。
かすがは苦無を構え直すとくノ一と対峙する。
「私は上杉謙信を暗殺しに来た。命が惜しければさっさと退け」
「命はあんまり惜しくないけど謙信様は私が守るよ」
「それならさっさと殺されればいい!」
かすがの長い脚が鞭のようにしなり、くノ一に飛んでくる。
重い蹴りを肩に受けたくノ一はよろけ、膝をつく。
「この程度でよく忍が務まるものだな。上杉は腑抜けか」
呆れたという感じでかすがはくノ一を見下げる。
その瞬間、くノ一はかすがの胴を掴み体を蠍のように反らせてかすがのこめかみに蹴りを放つ。
まともに一撃を受けたかすがは頭がくらくらしながらもくノ一に向かって言った。
「この…っ!お前…覚悟しろ!大人しく私に倒されるがいい!」
かすがはするりと分身の術を使う。
「やめて美しい人!私はあなたと戦いたくない!あなただって…戦いや争いなんてしたくないはずだ!」
くノ一は小さく息を吐くと小さく跳ね、同じく分身の術を使った。
ただ、普通の分身とは違う。
分身はかすがと同じ三体。
しかし、一体ずつ持っているものがみんな違う。
一体は墨をつけた筆、一体はけん玉、一体は串団子を持っている。
「ふざけるな!」
かすがは本体とされる、影のあるけん玉を持っている方にこれ以上ない連続攻撃を叩き込む。
「効いてない!?影か!!」
そう思った時にはもう遅く、団子を持ったくノ一の膝に首を引っ掛けられ、首刈り後ろ蹴りで倒される。
「!!」
頬にスッスッスッと冷たい感触がして、即座にかすがは苦無で肩を刺すが、それも瞬く間に消える。
「顔に傷をつけたか…!?ちょこまかと…!!」
立ち上がったかすがは分身のままありったけの苦無を放つ。

「しまった!」
くノ一の声があがる。
今度こそ本体を捕まえた。
両手をぐるぐると苦無についている糸に縛られ、かすがが糸を手繰り寄せる度にくノ一の体がじりじりとかすがに近づいてくる。
「大人しく苦無の餌食になれ!!」
くノ一のみぞおちに蹴りを放つと、わずかにかすがとくノ一の間に距離ができる。
その瞬間、くノ一は勢いよく走り出して流れるような動きでかすがの体を使ってよじ登り、両の太ももでかすがの首をぎりぎりと締め上げながらそのまま体全体をひねるようにかすがごと投げ飛ばす。
またしても、頬にスッスッスッと冷たい感触。

(この私が…相手の攻撃が読めないなんて…)
呆然としたまま、かすがは仰向けに倒れたまま動かなくなった。
そして、やりすぎちゃったかなとしゃがみこむくノ一に力無く言った。
「顔も傷つけられたらもう…」
「傷なんかつけてないよ」
くノ一は分身の術を解き、優しくかすがに笑った。
「顔、見てみて」
池に顔を映すと、墨でかすがの顔に猫のようなひげが描かれていた。
「…殺すなり好きにしろ…」
あまりにも自分が情けなくてそういうしかないかすがに、くノ一はにこにこ笑う。
「美しいあなた、名前を教えて」
「私は…かすが…」
「かすがちゃん。いい名前だね。私、吹雪っていうんだ」
「吹雪…。お前のような忍は初めてだ…」
くノ一…吹雪がピィッと指笛を鳴らすと、茶色の大きな鳥が飛んでくる。
「かすがちゃん、私に掴まって」
「…?」
「いいから早く。好きにしろって言ったよね」
かすがは吹雪の言うとおり、吹雪の腰に掴まると、吹雪は鳥に掴まり、二人の体が宙に舞う。やがて、少し離れた大きな木の枝にかすがを座らせた。
「ほら、あの方が…あなたが殺そうとしていた上杉謙信様だよ。月光浴をしてらっしゃる」
吹雪の声に顔を上げると、月の光を浴び、静かに瞑想する上杉謙信の麗しい姿があった。

「なんてお美しい…」
猫のひげを描かれたかすがはあまりの謙信の美しさに息を飲み、動けなくなる。
「軍神だからね、美しいのはもちろん、とても強い御方だよ」
うっとりと謙信を見つめたかすがは立ち上がり、吹雪に言った。
「私は…あの方のそばにいたい…。あの方のために命をささげ、つるぎとなりたい…!」
かすがの願いに吹雪はあっさりと了承した。
そして、待っててねと言い姿を消し、吹雪は荷物一式を風呂敷にまとめて再びかすがの前に現れた。
「かすがちゃんみたいに強くて美しい忍なら謙信様はとてもお喜びになる。…謙信様をお願いします」
吹雪はかすがに跪く。
「吹雪…吹雪はどこに行くんだ?」
「わからない。でも、いつかきっと会える気がする。じゃあね」
くるりと回るとそのまま姿を消した。
ひとひらの粉雪を残して。
謙信は何も言わず、かすがを「美しきつるぎ」として迎え、信頼して常に従えた。
かすがもまた、この身が朽ちようとも謙信と共にいようと心に改めて誓った。


「へぇ、そんなことがあったんだ」
夜の林で木にもたれながら話を聞いている佐助と、木の枝に座っているかすが。
「一流の忍のかすががまさか猫のひげを描かれるなんてね。にゃんこなかすが、見たかったな」
「黙れ!…あいつみたいな…吹雪みたいな忍は今まで見たことがない…」
「確かに、今までにない感じの子だよねぇ」
だからこそ、とかすがは思った。
あのとき…自分は苦無を持っていたが、吹雪は…武器を持っていないのに体術だけでかすがをあそこまで追いつめたのだ。
最初に首筋に当てられたものも、苦無や刀ではなく…筆だったのだから。
「吹雪は…元気だったか?」
かすがの問いに
「元気だったよ。可愛い子だった。まぁ、かすがのほうが美人…」
言い終わらないうちに、佐助の首すれすれにかすがの苦無が飛んでくる。
「吹雪が元気ならいい。…またな」
そういうとかすがは空高く飛んで闇に消えた。
「冷たいけど同郷の美人、にこにこ可愛いけど謎の忍…モテる俺様は罪な男だねぇ。両手に花とはこのこった」
佐助もまた木々の間を華麗にすり抜け、闇へと姿を消した。

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