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小説
双竜と稽古
城に着き、城の者に魚を渡すと片倉の畑に通される。
「相変わらず見事な畑ですねぇ」
片倉が幻と絶賛されるほど美味な野菜を育てている名人と言われているのも頷ける。
「魚料理が多いなら大根や白菜に葱もいるな。よし、こっちの大根はそろそろいいだろう。凪、そこの一本を抜いてみろ」
凪が足元のを一本抜くと、見事な大根が姿を現した。
「うわぁ、立派な大根!」
「今年のは特に出来がいい。煮てもいいし、漬けても美味いと思う」

その後、白菜に葱、人参に芋などたくさんの野菜をもらった凪は…。
「片倉様…いくら僕でも背負って帰れません…」
「…凪だとつい色々持たせたくなってな…。大丈夫だ、また馬を出すから心配ない」
そうは言ってもこの量だ。片倉の馬一頭でも厳しいだろう。

「Hey!この俺に内緒でコソコソ内緒話とは大胆なことしてくれんじゃねぇの」
頭上から降ってくる異国混じりの声。
凪が顔を上げると、そこには太陽を背にした政宗が笑っていた。

「政宗様!!お久しぶりにございます!」
「Hey,Kitty。元気だったか」
政宗は凪の頬をつまんで伸ばしたりむにむにと遊び始める。
凪も負けじと手を伸ばすが、そこは体格の差。
凪の手が空回りするのがおもしろいのか、政宗はなおも凪の頬をむにむにとこね回す。
「政宗様、やりすぎると凪の頬が赤くなってしまいます」
「Ha!コイツはそんなヤワじゃねぇよ小十郎!…でもそろそろ離してやるか」
政宗が手を残念そうに離す。
「片倉様がおいしい野菜をたくさん分けてくださって本当にありがたい限りです」
ふにゃっと笑う凪の頭を今度は政宗は優しく撫でてやる。
「小十郎の馬でキツいんなら俺も馬を出してやらぁ」
「政宗様にそのようなことをさせるわけにはいきませぬ!城には誰かおりましょう、その者に…」
「Ha!つまんねぇこと言うなよ小十郎!長曾我部は苦手だが凪なら歓迎だ!こっちこそいつも美味い魚をありがとよ」
魚を釣ったのは僕じゃないんだけども、という言葉を凪は飲み込む。

「それよりもよ、まだ時間あんだろ。稽古つけてやるよ」
たぶんこちらに来る時に持って来たのだろう、政宗のそばには三本の竹刀。
凪の顔がパッと輝く。
「いいんですか!?わぁ、嬉しい!」
政宗様、と声をかける片倉を政宗は制した。
「止めんなよ小十郎。アイツが何度も毛利のオクラ烏帽子野郎を退けた話はお前も知ってるはずだぜ?」
「仕方ありませんね、政宗様は」
三人は動き回れるほどの広場に移動すると、政宗は竹刀の一本を凪に、もう一本を片倉に渡すと凪に向かって構えた。
「いいぜ、凪」
お願いします、と頭を下げた凪はいつもの下段の構え。
凪の持っている柔らかな空気が豹変したのを感じ、片倉は息を飲んだ。
ギラリ、と凪の目つきが変わる。
(いいeyeじゃねぇか、凪!)
凪の目を見つめた政宗は唇の端を上げてニヤリと笑う。
政宗に勝とうなどとは微塵も思っていないが、これも自分の主…元親を守るためと凪は政宗に向かって走り出す。

バシィ!!と竹刀のぶつかる乾いた音。
あまりの衝撃にビリビリと手首が痺れたが、それでも凪は竹刀を落とすことはなかった。
体勢を変えた政宗が払った竹刀を凪は小さく跳びながら素早く体を反転させてかわし、そのまま政宗に突進するが凪の竹刀は政宗の竹刀に受け止められてしまう。
「Cool!」
政宗は凪の刀を跳ね返すとがら空きになった胴に自分の竹刀を叩き込もうとするが、凪が竹刀を縦にして防いだので弾かれてしまった。
お互い体勢を立て直すと、満足そうに政宗が笑った。
「マジですげぇな!なぁ小十郎!次はお前だ!」
「…はっ」
あれだけ政宗と激しくぶつかったのに、決して負けてはいない、そしてそれほど息を乱していない凪から片倉は目が離せなかったのだ。
もちろん政宗が手を抜いてないということは片倉が一番良く知っている。
「確かに凪が毛利を退けたのも頷ける…」

片倉と向かい合わせになった凪はお願いしますと頭を下げ、顔を上げた瞬間にまた一層鋭い目で片倉の目を見、下段の構えを取った。
(片倉様は左利きなんだよなぁ…ちょっと苦手だな…)
片倉に悟られないよう心の中で呟いた凪はじりじりと間合いを詰めていく。
一方、片倉も凪の隙のなさに驚く。
「片倉様!」
飛び込んできた凪の竹刀を上段で受けた後すぐ足元に竹刀が払われる。
片倉は下段の竹刀も受けるとそのまま凪の足を竹刀で払おうとするが凪が小さく後退して避けられる。
さらに頭上に竹刀を振り下ろすが、凪がしっかりと刀で受け止める。
徐々に防戦一方になってきた凪。
片倉の攻撃をかわすだけで精一杯になってきた。
速さはもちろんのこと、一撃一撃が重いのだ。
(政宗様が背中を預けただけある…。片倉様は剣の腕は達人の域。だけど怯んじゃだめだ…ッ!)
そう思いながら手の汗で滑る竹刀を握り直そうとした直後に隙ができてしまったのか、一瞬で片倉に竹刀を払われ、よろけた凪の胸をとん、と片倉の竹刀の先が弱く突いた。
勝負はついたのだ。

「負けちゃった…」
もともと二人に自分が勝てるわけがないのは重々承知の上だが、隙を作ってしまった悔しさでいっぱいになった。
へたり込んだ凪に片倉が声をかけた。
「少々やりすぎたかもしれん…」
だが、片倉も短い時間ではあったが、確かに凪は素晴らしい剣士だと改めて実感した。

下を向いたまま力なく首を横に振った凪は政宗と片倉に言った。
「政宗様が片倉様に背中を預けたように、アニキが…元親様が僕に背中を預けられるくらい強くなりたいんだ…」


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