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小説
釣り糸垂らして
元親のところに慶次とひよりがやってきた。
今日は凪は食事当番ではないのでひよりと二人で城下に出かけた。
いつもの袴姿ではなく、それなりの娘の着物の袖に腕を通した凪は慣れないながらも嬉しそうだった。
「ひより!知らない奴についてっちゃ駄目だぞ!」
「もう!慶次さんってば!私は子供じゃありませんよ!」
「凪ィ!団子ばっか食ってメシ食えねえとかすんじゃねえぞ!」
「ひどーい!」
そんな会話をしながら元親と慶次は二人を見送った。

海に釣り糸を垂らし、元親と慶次はのんびりと釣りを楽しむ。
穏やかな、春の海。
眠そうな波が寄せては返し、陽の光を浴びてきらきらと光る。
海辺に並ぶ、二つの巨体。

「あのよ…風来坊…」
「どした?…よっと。…小せえな、返してやっか」
慶次が釣った魚を海に返してやりながら横の元親を見ると、元親は目元をうっすら赤くしている。
「…いや…やっぱりいい…」
ごにょごにょとつぶやいた元親。
こんなことを相談してもよいのだろうかと思い始めたからだ。
「らしくねえなァ、鬼にしては威勢がないんじゃないかい?」
「ぅ…あー…」
慶次に相談して、後で誰かに喋ったりしないだろうか。
こんなことが誰かの耳に入れば鬼の名前に傷がつきそうで恐ろしくなった。

ぶるりと震えた元親に慶次は話しかける。
「…なんか悩みでもあんのか?」
「悩みっつーか…。凪がよ…」
「子鬼ちゃんが?」
がしがしと頭をかいて顔を赤くした元親は言葉を選ぶようにゆっくりと話し出した。

「最近凪が一緒に寝てくれねえ。…寝てくれねえっつうか…。その…寝てはくれるんだけどよ…夜…その…なんつーか…。凪が痛がって…。ちぇ、また餌だけ取られちまった」
ごまかすように元親は何もかかっていない釣り糸を手繰り寄せて餌のゴカイをつけて竿をヒュッと振る。
元親が何を言っているか大体わかった慶次はふうん、と笑う。
「…風来坊は…毎日あの子と寝てんのか?」
「そりゃあもちろんさ。あぁ、どっちかが風邪ひいたりするとさすがに別に寝るなぁ。寂しくて仕方ねえけどよ。あっ、後は…おれが花魁の尻ばっかり追いかけていて…ひよりが泣いて利とまつねえちゃんのとこ帰ったことあったなー。まつねえちゃんにこっぴどく怒られたっけな」
「そりゃあ…風来坊、あんたの自業自得じゃねえのか…」
まあな、と慶次は鼻の下を指でこする。
「でもよ、ひよりは俺を信じてついてきてくれる。俺はひよりを大事にするって決めたんだ。一緒にいれるだけでもいいんだけどさ、…やっぱり嬉しいじゃん。肌合わせてさ、俺だけを感じてくれてるっていうの。俺のためっていうか、ひよりのためかなー。いっぱい触れたいんだ」

慶次の話を元親は黙って聞いていたが、やがて竿を置いて立ち上がった。
「鬼、どこ行くの」
「アアン!?…小便だよ」
岩陰に向かった元親の後をそっと慶次は追う。
いたずらっぽい笑顔を浮かべながら。

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あきゅろす。
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