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小説
愛が罷り通る
宿に戻り、食事も終えて風呂から上がったひよりは装束の下にかくしていた、凪に握らされたものを見る。
「結い紐だ…」
そういえば、ひよりの結い紐は凪と刃を交えた時に落としたままだった。
「綺麗…」
澄んだ海のような、青い結い紐の端に、鮮やかな鳥の黄色い羽が丁寧に縫いつけられている。
「へえ…子鬼ちゃん、粋なもの持ってるんだね」
興味津々に覗き込んだ慶次にそっと結い紐を渡すと、慶次の目がきらきらと輝いた。
「なあ、ひより。どうして西海の鬼を庇った?」
「凪様が…」
言いにくそうにひよりは言葉を紡ぐ。
「凪様の胸元には固く晒が巻かれていたから…」
「…それって…子鬼ちゃん…」
「たぶん…凪様は女性ではないかと…。私が凪様の肩を薙刀の柄で突いたとき、凪様はよろけてしまって。そのときに…着物の袷がはだけて…。きっと女性であることを隠さなければ船には乗れない事情があるのでしょう…。凪様は強い方でした。身の丈程の刀であの素早い動き…。本当に長曾我部様を愛していらっしゃるのでしょう」
慶次はひよりを後ろから抱きしめる。
「なんだ…びっくりした…」
「…?」
「ひよりがさ…西海の鬼に惚れたかと思ってさ…」
ひよりが吹き出すと、抱きしめる力が強くなった。
「笑うなよ…。確かにあいつもいい男だしさ、ほら…」
ひよりはするりと腕をほどくと、向きを変えて慶次の胸に顔をうずめる。
「私は…慶次様だけを愛しておりますから…。ずっと…ずっと…」

夜、みんなが寝静まった頃にも凪は寝間着姿で甲板で竹刀を振っていた。
「凪」
「アニキ…元親様…」
元親と二人っきりの時だけ許される、「僕」から「私」へ変わる瞬間。
「凪…どうして風来坊を庇った…?怒らないから言ってみ」
元親の言葉に凪は目を伏せた。
「ひより様の髪がほどけたとき…ひより様はひどく動揺されました。…私が毛利の殿様に髪を切られたときに、ひどく動揺したように。髪を切られて動揺するのは間違いない、ひより様が…女性である証なのです」
「なん…だと…。幼名ではなかったのか…」
「何があっても前田様についていくという覚悟を感じました。薙刀でありながら薙刀ではない複雑な動きに一瞬目が追いつかなくて。…自分の弱さを痛感しました。本当に前田様を愛していらっしゃるのだと」
「だからお前、こんな時間まで竹刀振ってんのか」
こく、と頷いた凪を元親はひょいと肩に担ぐ。
「元親様!?ちょっ…、おろしてくださいよぅ!」
「黙ってろ。野郎共が起きちまう」
凪の尻を軽くぺしりと叩いて、元親は自分の部屋に向かう。
「私の部屋は隣ですよ…」
「聞こえねぇなァ」
うう、と口を尖らせた凪を元親は抱きしめる。
「お前が…風来坊に惚れちまったのかと思ってよ…」
「私が?前田様に…?」
凪は元親の腰に手を回す。
「風来坊が…思いの外いい男だったからな…」
「私は…元親様でいっぱいなんです。体も、心も…。他の男性が入る隙なんてどこにもないんです…」


「けい…じ…さま…」
濡れた息をこぼしながら懸命に慶次の名前を紡ぐと、唇を重ねられる。
ひよりは何も着ていない。
それは慶次も同じ。
「あ…ああっ、んん…」
ひよりの額、頬、まぶたに降ってくる口づけの雨。
「ひより…」
「長曾我部様は…私を夢吉が人間に化けたものだと…」
「酷いこと言うなぁ。こんなに可愛くて…こんなに艶っぽいひよりを…。力抜いて、ひより」
ひよりの体に、慶次の熱が伝わってくる。
「…ああ…ッ!」


「ん…元親様…。前田様は…私を子鬼だと…」
「あいつ、やっぱり許せねぇ」
凪の背中に元親が唇を這わせると、凪の鼻にかかった甘い声が漏れる。
「…鬼の船に乗り、鬼を愛して、鬼に身も心も奪われ…あ…、私も鬼になれるのなら…本望です…」
しっとりと汗をかいた凪の肌を抱いて元親は深く唇を重ねる。
「凪…」
かすれた声でゆっくりと腰を進めた。
「ん…あッ…!」
「…誰にも渡す気はねぇんだよ…。凪が奪われたら…奪い返すまでだ…」
「ふ…ぁ、あ…。も…と…ちか様…」


「ひより…。世の中全てが罷り通るわけじゃないけど…愛は罷り通るのかもしれないな…」

「凪…。この世が全て罷り通る訳じゃねえけどよ…。愛は罷り通るかもしれねえって言ったら…笑うか…?」





終わり

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