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小説
おにぎり
二人は小川で手を洗い、木陰で昼をとることにした。
「こっちが…片倉様のです」
真理は大きな竹の包みのほうを渡す。
「…真理が作ったのか?」
「は、はい…」
相変わらず小十郎の眉間のしわは深い。
小十郎は三つ並んだおにぎりに手を合わせると豪快にかぶりついた。
「…昆布の佃煮か…」
「長曾我部軍の凪様から昆布をいただいたので…佃煮にしてみたのです」
甘辛い味付けの中にも、ぴりっとした唐辛子の風味で食が進む。
「ん?佃煮も真理が?」
「…お口に…合いませんか?」
小十郎は眉間のしわをますます深くしながらじっとおにぎりを見つめ、無言で食べてしまった。
(何にも言ってくれないのが一番怖い…。やっぱり苦手だ、片倉様は…)
真理は何も言わずおにぎりを口に運ぶ。

「…あと五つは食べたいものだ」
思いがけない小十郎の言葉に真理はむせそうになる。
ほめられたはずなのに、何故か怖くなった。
小十郎のおにぎりは昆布と梅干しと鮭。
真理は昆布と梅干しだ。
苦手な人とはいえ、やはり良いものは食べさせたい。
そんな真理の小さな気遣いが小十郎には嬉しかった。

「ごちそうさん」
小十郎の声に真理は小さくお粗末さまでした、と返した。
竹筒に入れたお茶を手渡すと、小十郎の眉間のしわが一層深くなった。
「おまえ…餓鬼じゃねぇんだから…」
「!?」
ゆっくり近づいてくる小十郎の顔に真理は恐ろしくなってぎゅっと目をつむる。
胸の鼓動が激しくなって大きな音を立てる。
(やだ、なに、怖い!暴力反対!断固反対!)
真理の頬に小十郎の節の太い長い指が触れる。
「…飯粒なんかつけてんじゃねえ」
真理がゆっくり目を開けると、既に小十郎は指をぺろりとなめてもぐもぐと口を動かしていた。
「…ごはんつぶ…」
真理の背中は汗びっしょり。
さっきから小十郎の前ではいいところなしだ。
真理は顔を真っ赤にしてうつむいて茶を飲んだ。
そんな真理に小十郎は微笑む。
飯粒なんて本当はついていなかったのだから。
真理に少しだけ触れたくなったのだ。

「あの、片倉様…」
「なんだ」
小十郎の低い声に真理はうっ、と一瞬怯む。
「…長曾我部軍の凪様って素敵な方ですよね…」
「なんだ、真理は凪のような者が好みか?」
「強くて…美しくて聡明で…しなやかで…それでいて優しくて長曾我部様はもとより、仲間の信頼も厚い方でいらっしゃいますので…。私にはないものをたくさん持ってるので…羨ましいというか」
真理は言葉を選ぶようにゆっくりと言った。
「凪が生まれた時、両親は酷く悲しまれたそうだ」
「それって…どういう…。誰しも子供が生まれたら無条件に喜ぶものでは…」
小十郎はどういういきさつで凪が海賊となったのか真理に話してやった。
「今まで辛い思いをしてきたからこそ、凪は他人に優しくできるんだろうな。もちろん優しいだけじゃねぇ、長曾我部のためなら命を投げ出すこともためらわねえ奴だ」
「だから…長曾我部様や…みんなにあんなに愛されているのですね。政宗様が片倉様に背中を預けるように、長曾我部様と凪様は…。揺るぎない絆で結ばれているのですね」
真理は納得したように頷いた。
「いつか…私もそんな人に会えたらいいな…」
独り言のようにつぶやいたつもりだった。
「お前みたいなおっちょこちょいをもらってくれる奴なんざどこにもいやしねえ」
「聞かれてたー!…おにぎりも食べたし、私は作業に戻りますから!」
恥ずかしすぎて真理は立ち上がって畑に向かって歩き出す。
(もう!ほんっとに苦手、片倉様!目つきも怖いけど地獄耳も怖すぎる!下手なこと言えないじゃん!)

そんな真理の姿を見ながら小十郎は声を出さずに笑う。
指先にはっきりと残っている、真理のふっくらした頬の感触。

真理は単なるおっちょこちょいだけではないと小十郎は思った。
「あいつの握り飯なら…また食いてえな」
残りの茶を飲み干し、小十郎も立ち上がって作業に戻った。

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あきゅろす。
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