恋桜―こいざくら―
その手を離さないで…1
ふと、空はその桜の話を聞いて思い出した。
あの時、貴文が涙を流していた訳。
そして『愛し合った』と、貴文がまだ覚醒しないうちに囁かれた相手のこと。
現金なものだ。
自分の気持ちに気付いてしまった瞬間から、あの時の貴文が誰と自分を間違えていたのかが、とことん気になり出す。
それが嫉妬から来るものだとは、さすがに気付きはしないのだが…。
「なぁ、あの時…オレ達が出会った時、何で泣いてたんだ?しかもオレを誰かと間違いやがった。…一体誰なんだ?その愛しいお相手はっ!」
それでも、無意識に口調は強く、貴文を攻めるように追い立てる。
「えっ?…あぁ…」
さも、意味深に視線を逸らせた貴文のアンニュイな仕草にイラッっとする空。
長めの前髪をかき上げ、春の青空を見上げながら遠くを見つめるように瞳を揺らす。
ムッ!
調子良すぎると責められても仕方ない。
散々拒否の姿勢をし続けた挙句に、目の前の年下の男を好きと認めた空が簡単にヤキモチを妬くなど。
しかし、誰かを想って醸し出す貴文のフェロモンがどうしても空を苛立たせるのだ。
「なぁ、誰なんだよ!貴文っ!」
余りの苛立ちに、空は貴文の襟元をグッっと引き寄せ、睨みあげた。
その時、ふっ…っと、片方の唇を軽く引き上げ微笑んだ貴文の笑みが空の地雷を踏んだ。
「て、てめぇっ!!教えやがれっ!!」
もう片方の手で貴文の襟元に掴みかかった。
しかし、貴文は動じない。
動じないどころか空を愛しげに見つめ、いつしか空の頬を伝い落ちていた涙にそっと人差し指を添えて囁いた。
先輩ですよ…先輩のヤキモチのお相手は…
「…へっ?」
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