恋桜―こいざくら―
13
セカンドキスさえも“内藤貴文”という人間に奪われたショックと、…抗う力を生み出せない自分へのショック。
そして、思わず零れ出た何とも悩ましい声音が自分から発せられたという、最大のショック。
ショックに見開かれた空の瞳に、一片の桜の花弁が映り込む。
ふわりと舞い落ちるその花弁が、貴文の肩をすり抜け、緩やかに手元に落ちていった。
僅かの時間が、とても長く感じられる。
その長い時間の間中、貴文のキスを大人しく受け止めている自分自身を、麻痺していた思考を叩き起こして、自ら叱咤した。
徐々にハッキリしてくる頭の中で、再度自分の置かれている状況を整理する空。
「…っ!!なっ!何しやがんだっ、てめぇ!!」
「あっ」
名残惜しそうに呟いた貴文の声は、誰も居ない静かな屋上に、占領するように響き渡る空の声に掻き消された。
咄嗟に顔を背け、微かに濡れた唇を制服の袖で拭おうと腕を振り上げようとしたのだが…動かない。
…動くわけがなかった。
ほんわりと春の日差しで暖められた、屋上のコンクリートの床にあった自分の手元を見やると、その手は貴文のそれが重なり、いつの間にか縫い止められていたのだ。
その重ねられた自分の手元に、思い切り羞恥心を煽られ、空は先程以上に頬だけではなく身体全体を赤く染め上げてしまった。
しかし、どこかにくすぶる空のプライドが顔を覗かせる。
本当なら、勢いのままに手を抜き取り、ささっと貴文から距離を取り、逃げたい所なのだが…。
「…手。…手どけろよ」
こんなことで、動揺する分けないだろ?オレは先輩なんだし…とでも、言いたげな低く紡がれた空の口調は、傍らで見つめ続ける貴文以外の者が見ても、単に意地っ張りな子供っぽさにしか感じられない。 『そこがまた可愛いんだよな、空は』 よく、英に言われる言葉だ。
もちろん、貴文も例に漏れずそんな空が可愛いと思ってしまう。
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