恋桜―こいざくら―
8
「なっ!///」
別に内藤が何をした訳でも、何を言った訳でもなく、ただ空の名前を呼んだだけなのに、耳まで朱に染めて固まってしまった。
桜の花びらの所為だ… と、どこかで責任転嫁をし、気持ちを切り替えようとする空の慌てる様を、貴文は愛おしい気に瞳を細めて見つめていた…。
「相田先輩?どうしたんですかこんな所で」
「べ、別に何でもねぇよ」
やけに耳障りのいい、低い美声が空の聴覚を刺激する。
ゾクリ……
腰から背筋を一気に駆け上がるような、得も言われぬ疼きを感じ、空は徐に立ち上がった。
立ち上がったことによって、明確になる2人の身長差に空はチッと軽く舌を鳴らす。
決して大きくないとは言え、170近くはあるはずの空の視線が、自然と上向きに注がれるということは、“内藤貴文”という人間が、紛れもなく空よりも大きいことを意味していた。
「どうしたんですか?」
少し屈んで空を覗き込む。 恥ずかしさと、悔しさとが入り混じって、空はいつの間にか項垂れていたようだ。
そこいらの人間よりもプライドが高く、負けず嫌いなはずの空だったが、英の言葉が一瞬脳裏を掠めてしまい一段と顔を上げられなくなってしまった。
英があんなことさえ言わなきゃ…クソッ
普段から、何故か絡まれることの多い空にとって、相手を怯ませる位の睨みはお手のもののはず…なのに、まだ確信は持てなくとも、いや、持ちたくはないのだが、自分が恋というものを知らない分、この得体の知れない気持ちを持て余し過ぎて、睨むどころか…相手の目さえ見れずにいた。
「先輩…?」
赤くなったり、かと思えば、真っ青に青ざめたり、コロコロと表情を変える空の様子を訝しげに見つめる瞳。
やや長めの前髪から除くその瞳は、空の旋毛付近に飾られていた一枚の花びらに気付く。
その淡くささやかなピンク色をした花弁に手を伸ばした刹那、微かに空の柔らかな髪を掠めた。
「あっ!!」
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