守護
解放された喉元を押さえて乾いた咳をし、せっかちに呼気と吸気をつけサイは跪いた。
サクラは、サイの丸まった背中を撫でる素振りをしている。
「かっ…、ハッ!」
小刻みに浮き沈みをつける肩に、擦過した爪傷や噛み口から溢れ出る鮮明な朱液が、たらたらと流れ滲みゆく。
どうやら、優勢をつけたナルトの仕打ちが酷く効いたようだ。
「………さっき‥サスケくんの‥幻影を見たけど…」
「ぅァアアーゴ…」
「‥邪魔しにきたんじゃなくて、彼は“ヤキモチ”妬いたのかな?」
「フヴゥ〜…」
「結局、…サクラもボクの恋人になったし、…ナルトはナルトで、こうしてボクが欲しくて自ら此処へきた…」
フラリと立ち上がり、サイはナルトに微笑んだ。
その片手には落ちたナイフが握られていた。
ナルトは体勢低くと身構え、唸る声を喉元に溜め、耳を伏せて尻尾を太くし、臨戦の陣形を取って近寄り難いオーラを発して止まってたまま。鋭い眼光をサイに浴びせている。
「嬉しいよ、…ナルト。ボクも凄くキミが欲しい。」
『サイ…、ダメよ。ダメェ!!』
『!?』
「フぅわァオォッ!!」
仮令(たとえ)届かなくとも、サイが翳すナイフを取り払おうとサクラが背後を抱え込む。
考えたくはない不安がよぎり、それよりも速くサイの前へと突き出る。
そんな俺の幽体を無視して、緊迫する空間に方(かた)をつける風情でナルトが床を蹴飛ばした。
銃砲から発射した弾丸の如くな勢いで宙を舞い、尖る爪を伸ばしてサイへと飛びかかる。
『ナルトォー!!』
ザクリ‥と肉を抉る鋭利な切っ先。
機敏なる小さな肉体から飛び散る朱色が、スローモーションで空に舞う。
嗤い見開くサイの黒い瞳に弓形をした爪が突き刺さり、数本の跡を轢く。
床へと落下してゆく勇姿へと足早に駆けつける。
小さな勇者は、憶測を外して、しっかりと地に足着け。勝ち誇ったように髭をピンと立て、悠然とした姿勢を保った。
『こっから先、何があっても動揺すんじゃねーぞ…。』
『オレが絶対ェ、お前を守っから……』
『破ったら一緒に地獄行きだかんな…』
『先に逝ってろ。』
ナルトが俺へと決死に伝えた一連が脳裏に甦る。
安易にナルトの予後が知れる。
憎い…
ナルトを傷めつけた、お前が――…憎い……
俺とナルトの平穏を身勝手に奪ったサイ、お前が…――
……憎い。
何も手助け出来なかった俺が……
憎くて憎くて堪らねェ…
地獄に行こうが、構わない。
ナルトとの約束を破る羽目になるが、選択は一つだ。
俺にとって、一番大切な者を傷つけたお前を決して許しはしない……
サイ、お前が地獄に落ちる運命だと決まっているのは既に承知だが、俺はお前を…――
唯、憎んで憎んで憎んで憎んで憎んで怨み連み、呪怨の紅蓮で時間をかけ、じっくりと恐怖を植え付け。苦しんで苦しんでもがきにもがき、己から下げる頭を踏みにじり、一つ一つ血肉をもぎ取るよう、じわりじわりと傷めつけ、骨を断ち切り、死の淵へ落としてやろう…。
「あっ、…ぐ…!!」
羽衣のような爪の欠片を眼球に残したまま、片目を押さえて蹲るサイに、意を決して襲いかかろうとした刹那、開き放しとなっていたベランダの窓へとナルトが身を投げた。
『ナルト!!』
慌てて窓を擦り抜けた時には、ベランダに姿なく。
『おい、待て!どこに行く!!』
道導(みちしるべ)のように血痕を付け、点いたばかりの街灯の下走るナルトの姿を外下に見、サイの事など後回しで良いと、ベランダを飛び降り、一目散にナルトを追い駆けていた。
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