0 「そうか。じゃああんまり"食って"る猶予はなかったという訳か」 「そういう君こそ」 「…知ってたのか」 言ってみただけだよ、と小賢しい返事が返ってきて、猫が細めた目でちろりと少年を見下ろす。二人にとって久しぶりに交わす会話は、時の経過を感じさせないほどスムーズに流れた。 今は猫の姿をしている彼女は小さく笑うと、ほんの束の間だけ無言になり物思いに耽ってから、しんみりと続けた。 「…私の場合はアレだな、食う気がなくなった」 「奇遇だね。僕もだよ」 それぞれの過去を思い出したのだろうか。お互い、少し投げやりな口調になる。 「…そうか。よければあんたに私を食って貰おうかと思っていたんだけど」 ぴた、と少年の表情が固まった。 「…それどういう意味?」 ここで初めて、少年は柔らかそうな金色の前髪をゆったりとかきあげながら身を起こし、闇の中においてもきらきらと透いている青い双眸に彼女を映した。 様々な感情が漂っているようで、何を考えているのか読めない眼差し。いつもにこにことした笑顔が可愛らしいはずの顔にはしかし、僅かばかりの険が滲んでいる。 「どうやら私の周期が近々終わるらしい」 詩を朗読するときのようなぽつぽつとした言葉に、少年はどんな反応も表そうとはしなかった。言葉の真偽を探るようにじっと見つめ返している。 「実は、野暮用の途中で本当に偶然、運命の可能性を持っている奴に遭遇したんだ。そいつに私の運命とやらを教えられた。いやぁ驚いた…こんな能力を存在させていいのかって、あん時ほど神を貶した時はなかったね」 「……ふうん」 「ただ死ぬのもつまらないだろうと思った。そこで問題。今ここで私を食ってリサイクルするか、そいつを私の代わりに生温く見守るか――そんな二択をあんたにプレゼントだ」 金髪の少年がむっつりと黙りこむ。この人は一体何を言いだすのだろうとその目が言っている。耳を疑うような内容のそれに、完全に閉口する。 さわさわとさざめくような夜の静寂が二人を包みこみ、生ぬるい風がゆるりと狭間を通りぬけた。 …ややあって、少年が諦めたような溜め息をつく。 呆れているようだ。 「二の句も告げないってこういう事か…。だいたいそれ二択ですらないし。君ってさ、ほんとどんだけ自由なの」 闇に紛れる毛並みをした猫は、是とも非とも取れない曖昧な表情を浮かべた。どうやら笑っているらしい。 「本当のところは、できれば一人でこっそり見守ろうと思っていたんだ。そいつが絡むことによって世界がどう転ぶのかを一瞬でいいから見てみたかった。けれど私には残念ながら無理そうなんでね」 「…だからってどうして僕に?僕こう見えてけっこう薄情だよ。選り好みするし」 「だからこそだよ。あんたは私利に薄く辛辣で優しい。適役だろう?自分でも『あ、そうかも』とか思わないか?」 「…君はほんと…」 額を手の平で押さえ、はあ、とこれみよがしに溜め息をつく。 辛辣で優しいなどという反面性のある人間になった記憶など、一度もない。 [前][次] |