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3


――畏れていたのに。
気づいてしまった。


自分がこれまで逃げ続けてきていたものは運命などではなく、自分の心からなのだということに。

傷つきたくない。なら見なければいい。――その理由から派生するものなど、結局のところ中途半端で脆弱な逃避にしか過ぎなかったのだということに。

世界に慈悲など存在しない。心というものが取り付けられている生き物である以上、これはもうどうにもならないことなのだと。


――そして少しずつ関わりを深めていくにつれ、自分でも気づかないほどの奥底で、彼女の存在が自分の中で大きくなってしまっていたことに。




「あれ、もしかして私いまあっさり振られちゃったのか?」


不意に、くくっと愉快げな笑い声を混じらせて、冗談めいた口調が返ってきた。

一体どのように解釈したら先ほどの重い話を振り文句と受け取れるのかは謎だが、ともかく紫はそのように受けとったらしい。
さらっとした笑い方をしている事からそうなのだろうと分かった。


「まったく冷たいヤツだな。そのうち死に別れる相手にはたとえ冗談でも『実は俺もあんたが好きだった』とでも言っておけよ。その方がなんていうか、青春って感じがするだろう?この堅物め。あ、間違えたむっつりスケベめ」


わざとらしく言い直しながらくつくつと笑い、目茶苦茶な理屈を展開してくる紫の顔を、ここでようやく聖は苦笑混じりに見下ろした。


「冗談で言えるかそんな事。あとむっつり扱いは本当にやめてくれ」


少しばかり投げやりな口調で言った。呆れたように目を細める。


「やめない。というか、あんた人を好きになったりしなさそうなタイプだよな。ふん、とか鼻で笑って、『つまらん感情だ』とか言いそうだ。うわ、いま目に浮かんだ。ほんとスカしてるなあんた」


つらつらと想像の産物を並べられ勝手に腐されて、やれやれと肩を竦めながらニヤリとした紫に、


「よく分かってるな」


聖が返せるのはさらりとした肯定しかなかった。
その口調にはもう何の迷いも澱みも残っていない。心の奥底は自分にしか見えない。
…だから大丈夫だ。



穏やかに地上を照らす青天へと視線を戻したとき、予鈴が遠くで鳴り響いた。
心は奇妙なくらいに凪いでいた。

――静かに訪れたのは、すき間風のように冷たい喪失感だった。


***


「…何書いてる」


午後の授業が始まるまで残りあと5分。屋上を後にしようと出口に向かう聖は、背後から足音が聞こえなくなっている事にふと気づく。
振り返りみると、壁に向かってしゃがみこんだ紫が何やら壁面をなぞっていた。


「ん?ああ」

「風紀委員の眼前で落書き…自由にも程がないか?」

「失礼な、落書きじゃない。これは――」


少し拗ねたように唇を尖らせ、そして薄く笑った彼女は文字を指の先に乗せていく。


「これは、おまじないだ」



《SATOSHI SIDE》


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あきゅろす。
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