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「でも今、あんた少し傷付いたな」
――何故だかその笑みは嬉しそうだったのだ。
その言葉に、胸の奥がぎくりと揺れたのを彼は感じた。
何だか紫に自分の中の決定的な部分を読まれてしまっているような気がして、目を合わせることができなくなっていた。
「…よくそんなに腹を割れるもんだと呆れただけだ。その無粋な言葉遣い、俺より酷いんじゃないか?」
顔は合わせない。目も合わせない。
悟られてしまっただろうか、話をすげ替えた事に。
ふ、と押し黙った紫が不思議そうな表情になって小首を傾げたのが気配で分かった。
「そうか?あんたはそんな小さな事を気にするような人間には見えないが…」
気にするも何も。初対面では正直引いた。背後から低音で囁き続けられたのは間違いなく引いた。
こうまで距離感のない人間と過去関わり合いになったことがなかった。
「まあ、つきまとわれて多少目障りかもだけど我慢してやってくれ。こう見えても私は、」
それに"小さな事"といっても何が大小で、何を基準に線引きされてどのように受け捉えるかなんていうのは各々で違ってくるものであって、
「こう見えても私は、あんたの事が好きなんでね」
その捉え様は人数分だけ存在する。百人いれば百通りというように。確かに自分としては指摘されたその通り、言葉遣いそのものに対してはそうまで気にしていなかっ
「…………。」
思考の海に飲まれかけたところを引きずり出された。
二、三まばたきをして眉根を寄せて、いま耳をかすめ過ぎた言葉を反芻して、紫の方に戻りかけた首を寸でのところで制して、彼は動きを止めた。
『あんたの事が好きなんでね』
頭の中が異様に静かになった。むしろ何もなくなった。すとん、と胸のあたりから何かが抜け落ちた。
その言葉の意味するところが俗に用いられるものとは意味合いが違うのは分かっている。それでもその言葉は好意を含んでいる。距離を最大限縮めようとする意図を孕んでいる。
だからこそ絶対に、誰からも向けられたくない言葉だった。
(……駄目だ)
考えるな。何も思うな、止めろ、止まれ。
ざわざわする。暖かな秋晴れが取り残されている屋上で、世界と青空から切り離されたその小さな空間で、彼がその結論にたどり着くのに、不思議とあまり時間を要さなかった。
(――そうか、俺は)
自嘲――いや自虐か。
渇いたものが込み上げてきた。ここにきてやっと、彼ははっきりとそれに気づいていた。
少しだけ逡巡して、顔を逸らせたまま彼は口を開いた。
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