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「あったかいな」


暖かな日差し。空には雲ひとつない。

いや雲があったからといって手を伸ばせば届くというものでもないのだが、雲がなければないで空との距離感が掴めなくなるというか、地表と空のどちらが表でどちらが裏なのか本当のところが分からなくなるというか、

――まあ、そんな雲を掴むようなどうでもいい事を考えたりしていた。



何もない屋上の、突出した部分。
そこそこスペースのあるそこに膝を丸めてちょこんと座っている紫は、上空に流れる雲を目で追うのが好きらしい。

"あったかいな"――体に降り注ぐ熱に馴染みすぎてはいたものの、確かに暖かいと、彼もそう思った。
否定する要素はないが、ただ返事として返す言葉は取り立ててなかった。



――高校入試という関門に片足を踏み込んでいるこの時期、推薦入試の付き添いで担任教師や副担が生徒と同伴し、席を外すことがある。
代替として別の教師がたてられる事はなく、そういう日はたいてい自習という自由時間が与えられる…そんな流れになる。

進学校特有の上層意識とやらが土台になっているのか、落ち着いた校風のこの学園では、担任不在時の行動を生徒の自己判断に委ねたとしても、総じて由々しい事態が起こることはない。生徒たち自身が能動的に自重するからだ。

そんな中、顔を覗かせるのは年相応のホッと緩んだ平和な空気。そしてどことなく心が自由になる。

自由――起伏はないけどその代わり激しさもない。だから拘束力もない。

そんなものが広がっているのは、なにものにも阻まれずあるがままの姿を晒しているのは、空以外に…他には何かあっただろうか。すぐには思い付けそうにない。


「何やらややこしそうなことを考えてる目をしてるが」

「別に何も」


確かここに来たのは午前の授業を終えてすぐだった。

時計が昼休みを差したのはそれなりに前で、終わるまでまだいくばくかの余白を残している。

突出部の縁から足を投げ出す形になった彼は、硬いコンクリートにゆっくり身を横たえた。

空は晴れやかで、閉じた瞼にじわりとした痛みを残す心地好い眩しさが降り注ぐ。

隣にちょこんと座っていた紫も少しぎこちない動きで――単に慣れていないのだろう、やたらと高い足場を気にしながら横たわった気配を感じた。


「そうか」


呟き、そして沈黙。
さらさらとした秋の風は二人の頭上を凪いでいく。
風に乗って、中庭の一角に植えられている金木犀の香りがこんなところにまで微かに運ばれてきた。


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