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きょとんとした様子で、うずくまってメモを書いていた沙凪と歩が顔を見合わせる。
「うわぁ…無用心だなぁ、もう」
唇を尖らせながら扉を押し開くと、銅鐘の柔らかい音がからんころんと静かな店内に響き渡った。
光源は、ショーウインドーごしに外から流れこむ僅かな光だけだった。
その心許ない光を頼りに暗闇に近い店内を見渡していた沙凪の目が、あるところでぴたりと止まった。
まだ店内に足を踏み入れていないため、半分ほど開いている扉から街灯の光が差し込んで、店内の情景の一部がぼんやりと浮かび上がっている。
その中で、奥の方にあるカウンターに人影らしきものが鎮座しているのが見えたからだった。
「…店長?」
沙凪の呼び掛けにも反応がない。
囁くような小声だったから、きっと届かなかったのだろう。影は微動だにせず座ったままでいる。
「あれが店長?座ったまんまずっと寝てたんじゃねえの?とにかく明かりつけるぞ、何にも見えねえ」
「うん。でもスイッチあるの、奥の座敷の中なんだよね…」
ぱたん――扉が閉まる。
二人は朧げな光源を頼りに、つまづかないよう足元に配慮しながら、奥にある座敷を目指して歩を進めた。
すれ違いざまに見た影のシルエットは、椅子に浅く腰掛けて座ったまま器用に眠っているのだろう、沙凪達が足音を立てながら通り過ぎても何の反応もない。
立ち止まった沙凪が「てんちょ〜?」と声をかけながら、うつむいている影の顔を横から覗き込んでいた。
「おい、ここにずらずら並んでんのがそうか?適当に点けっぞ」
返事の代わりにガタンと何かが棚にぶつかる音が歩の背後から聞こえてくる。続いて、
「きゃ…ああああっ!!」
「うをっ?!」
突然響き渡った沙凪の叫声に驚いた歩がびくっ!と身を縮ませ壁に手をついた。
その勢いで、手をついた箇所のスイッチがばちばち、と何カ所か押される。
しかし点灯した照明は一ヶ所だけで、他のスイッチはショーウインドウのシャッターの起動スイッチだったらしく、機械音とともにゆっくりと街灯が遮断され始めた。
一ヶ所でも灯れば光源としては充分――と思えたが、薄闇の中ぼんやりとした輪郭を見せる棚の隙間から、転倒して尻もちをついている沙凪の背中を目を細めて見つけた。
「んだよ、も少し静かに転べよ」
「め、め、…めが…」
「メガ?…って、店長どこ行ったよ?」
つい先程までカウンターに座っていた店長の姿がなくなっていて、残された椅子がゆらりと回っている。
歩は薄暗い店内に首を巡らせた。
立ち並ぶ棚に光が遮られ、一ヶ所だけ灯された照明の半径5メートル外は闇が濃く、何気に視界は悪い。
ん?と歩は沙凪の背中に目をとめ眉をひそめた。
…怯えている?
彼女は何かを見て怯えている。ただ躓いて転倒していたのではない。
一体何があったというのだろうか。一体何に怯えている?
「どうしたんだよ、おま………、」
――見えた。
数本踏み出して沙凪の視線を辿っていった先、黒く塗りたくられた闇の中に、それは、そこに貼り付いていた。
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