3 ***** 「おう、早かったな。どうだったよ」 外科医院の入り口からぱたぱたと小走りで駆け寄ってきた沙凪に気づいて、メンソールを靴底で踏み消した歩が立ち上がった。 「うん…念のため早めに総合病院で検査した方がいいって。なんか輪切りのシーティーだって」 どうやら本人も医師の診断をいまいち理解できていないらしく、すっきりしない表情をしている。 医師から手渡された紹介状を鞄にしまいこみながら歩を見上げ、へらっと緊張感なく笑った。 「その方が無難だろうな。鎮痛剤かなんか射ったのか?具合よさげだけどよ」 「うん、もう大丈夫。痛み止めも貰ったし。若菜さん、なんか色々ゴメ……あ」 ふと足元に視線が下りた沙凪が言葉を止め、ヒョコッと屈み込んだ。 鞄から取り出した可愛らしい黒猫柄のケースからティッシュを一枚抜きとると、歩の靴の回りに散乱している白くて細長いものをつまみ、ティッシュにくるんでいく。 歩の鞄のポケットを至って自然な動作で開けて、その塊を――ティッシュにくるんだ吸い殻をぽいっとしまいこんだ。 それら一連の作業を、歩は何とも例えにくい微妙な表情で眺めている。 「あっ、若菜さん何か飲む?色々お世話になっちゃったからオゴらせて!」 「…いや…いらねー…」 自販機めがけて小走りに去っていく背中を、歩はそこはかとなく痛い目で見送った。 *** ――そうして二人は今、百メートルほど先に小さく見える画廊目指して足を進ませている。 「そういやオメーんとこの画廊、もう閉まってるみてえだけど。こんな時間だし」 歩が視界の端に小さく見える画廊の看板を指差した。 辺りにはもう人気もまばらで、看板が灯っているのはコンビニやファーストフード店ばかりになっている。 あれ?と沙凪が小首を傾げた。 「まだ閉まる時間じゃないんだけどなぁ。さっき電話した時も何も言ってなかったしなぁ」 「そうなのか?暗くなってきても一回も照明が点かなかったから、ずっと出かけたままなんじゃねえか?」 「あっは、たぶんそうだよ。鍵だけ閉めてよくどっか行っちゃうもん」 「どういう店なんだよ」 歩の呆れ声が返ってきた。 ――画廊の裏口には照明が設置されていないので、宵が深まると足元に心許なさを覚えさせられる。 扉の前に立ち止まった沙凪はピンポン、と遠慮がちにドアベルを押した。 画廊の二階は店長の居宅も兼ねているため、裏口から入る時は気を使って、いつもドアベルを押すようにしているのだ。 しばし待てども応答がない。やはり外出してしまっている事が伺えた。 仕方なく沙凪は表口に回り、郵便受けの中にメモを入れておくことにした。 「おい、沙凪。鍵開いてっけど」 画廊への入り口は、年季が入ってはいるが風情のある樫の木製の扉仕様だ。見ると、じっと目を凝らさないと気づかない程度の隙間ではあったが、言葉のとおり扉は開いていた。 [前][次] |