あくまでも、幻想 あくまでも、幻想 「我は貴様に見覚えがある」 「俺さ、あんたのこと知ってるんだよな」 「・・・え?」 昨日突然、先輩にそんなことを言われた。 新しいナンパか何かの方法だろうか。いや、先輩が後輩を落とすなんて有り得ない。 たたでさえも、彼らという時点で有り得ないのだ。 全くもって今まで関係を持ったことなどないのに。 初めて会って、初めて交わした言葉が“お前を知っている”っていったいどういうことなのだろう。 勿論私は、双方とも知らない。 過去へ遡ったとしてもあの二人の顔はどこにも見あたらないのだ。 だが、何か訳ありのような気がする。 ・・・・。 「鶴ちゃん?」 仲間から声を掛けられたことで意識が戻る。 何か考えていたせいで思考がどこかへ飛んでしまっていたらしい。 私は体勢を整え直し、自身を呼んだ彼女を振り返る。 「すみません、ボーっとしてました」 「ううん。何か考え事だったら悪かったしね」 なるべく先ほどまで考えていたことを悟られないよう、曖昧に笑顔を作りその場を誤魔化す。 どうも気がかりだ。 自身は覚えがないが、彼らに心当たりがあるということは、何か存在しているに違いないのだ。 こちらから迫るのもありだが、彼らどちらも色々と異形な存在の為、寄るに寄れない。 それに、ただの見間違えかもしれないのだ。 気にしないのが、最善なのかもしれない。 「・・・そんな訳いきませんよね・・・」 窓ガラスに移った自分の顔を眺めながら、私は溜め息混じりに言う。 クラスメイトは授業終了のチャイムが鳴った後に、がやがやと個々に騒いでいた。 ごそごそと机の中の教科書類を取り出し、鞄へ詰める。 妙に重くのし掛かるあの出来事を考えまい、と私は思考を移動させるが出来るに出来ない。 これから体を強ばらせながら生活するのか・・・。 再び大きく溜め息をつき、私は腰を浮かせた。 パタパタとこちらへ駆け寄ってくる友人を後目に、椅子をしまう。 いつも通りの笑顔で私はそんな友人に声をかけた。 悟られないように、無駄な心配をかけないように。 「一緒に帰りましょ・・・」 「ちょっと鶴ちゃん何かしたの!?」 心配そうな表情で私に呼応する友人。 嫌な予感がした。 私は感を働かせ、教室後方のドアへ目を移す。 二人のうちの一人が私の存在を確認すると、親指で自身を指さした。 それに気づいたのか、長身の方の彼も振り返る。 そう、例の彼らだ。 ざわざわと騒ぐクラスメイト。 私の周りは、モーデの奇跡のように道が開く。 「鶴姫、来い」 親指で私を指した彼が、言った。 どういう状況なのだろう。 周囲の視線が背中に突き刺さる。非常に痛い。 まさかこうなるなんて思ってもいなかった。 どうして私が例の先輩方に名指しで呼び出され、何故こんな状況に陥っているのか。 すべては彼らが握る為に、私には皆無だ。 ただでさえも一目置かれている人物二人に何故・・・。 どうにかしてこの状態を瓦解せねば。 私は悟られないように、笑顔を作ると頭を上げた。 「あ、あの・・・私、何かしましたか?」 彼らを追いかけるように自身は位置していた為に彼らはその言葉に、ゆっくりと振り返った。 内の一人が気前よく口を開こうとすると、もう一人がそれを制止させる。 凸凹コンビというものだろうか・・・。 制止された方の彼は、何やら呆れたような表情を浮かべる。 それを無理矢理押し黙らせた彼は歩を止めた。 「無理に表情を作るな」 やはり悟られた。 こんな状態、悟られたにはどうにも切り抜けることなんて出来ない。 相手は学年トップレベルの学力だ。噂の話だが、ずば抜けて出来るらしい。 私が慌てていることを察したのか、もう一人の彼はまだ何か言い続けようとしている彼を逆に黙らせる。 「突然驚いたと思うが、あんたは俺らの事知ってるか?」 比較的、社交的らしい。 全面的に否定するようなオーラが漂っている彼に比べれば、随分関わりやすいものだ。 私は首を左右に振る。 彼らが何を考えているかはわからないが、何か目的があるのは確実なのだ。その事くらいしか探知できない。 「顔くらいは見たことあるよな?」 頷くばかりでは申し訳ないので、なるべく無理に見えないよう、口を開く。 「学校内の話なら判ります。ですけど、お話するのはこれが初めてです」 「あぁ。呼び出したりしてすまねえな」 こちらの人は喋りやすい。 ある程度気を許してもいいらしいが、もう一人がそんな訳にいかないようだ。 不満げに歩を進める彼へ、私は思いきって声をかけてみる。 「私、お名前すらはっきり知らないんです!何かあるなら教えてくださらないと進みません!」 彼はふっと振り返ると、先ほどと別人のような、柔らかな表情で── 「毛利、と呼べ」 微笑んだ。 [次へ#] |