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まだ、次の目的地の場所には距離があるので、朝から歩きっぱなしだったアオイたちは休憩をとることにした。
鞄から果実をとるとアオイはひと齧りする。
「俺、びっくりしちゃったなー…」
すると、ジールが困ったように笑いながら、寝ているチアキの横に座った。
あのあとチアキは歌う終わると、すやすやと寝息を立てて、アオイの胸の中で眠ってしまっていた。
今彼女は、アオイとジールのロングコートに包まり、木に寄りかかる体制で寝ている。
不安が吹っ切れたのか、とても安らかな表情だ。
「歌ってさ、ただ聞くことだけじゃないんだね」
「…かもな」
「こんな俺でも、寂しい気持ちや嬉しい気持ちになっちゃったよ。信じられなかった。自分の気持ちが表に引き出されるだなんて…」
自分の冷たい指先が顔に当たらないよう細心の注意を払って、ジールは穏やかなチアキの顔にかかる一筋の紙の束を耳にかけてやった。
「余裕、なくなっちゃうじゃんか…」
「余裕?」
「なんか……さっきからずっと俺、心が落ち着かないんだよね。ホント、どうしていいのかわかんないんだよね。…ざわざわしちゃって。」
アオイは驚いた。
自分もまさにジールと同じ現象が心の内に起きているからだ。
なんとか平然を装ってはいるのだが、先ほどから指先の震えの抑えが利かない。
歌が終わったとき、寂しい気持ちと不安の心でいっぱいなのだ。
幸せの魔法が突然解けてしまったようで、不穏の渦がぐるぐると渦巻いているのだ。
一度聞くと忘れられない。
けれど、自分では奏でることはできない。
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