10
「あいつは殺すなといった。だから生かしてはやるよ」
男は最初笑っていたが、異変がすぐに起こった。
――――ザアアンッ!!
「――なっ……!」
突如部屋が縦に揺さぶられたがごとく、蠢いた。
空気は一気に重みを持ったように男の体にのし掛かる。
「―――ぐっ!?」
しかしこれはただの威圧だ。
男が歯を食い縛り顔をあげると、アオイの瞳が鮮血のように真紅の色に染まっている事に気が付いた。
猛禽の瞳。
その目に見つめられるだけで、死神に狙われた様な錯覚を起こす。
余裕の笑みはすっかり消え失せ、完全に顔色を青く染めた男は、視線を返すことしかできず、縦に黄色い瞳孔がぱっくりと現れたのをただ眺めていた。
「無知っていうのは、愚かだぜ?」
にぃ、とアオイが不適な微笑みを浮かべる。
まるで別人だ。
綺麗な容姿からは想像のできない、歪んだものが男を見下した。
そして眼圧が上がったと感じたその刹那。
―――――ザシュ!!
男は理解に遅れた。
鋭く何かが斬れる音が聞こえたが、何がどうされたのか、その過程すら目では追い付けなかったからだ。
ボトリ。
床に落ちる鈍い音と、共にアオイは背を向ける。
「――あぁ?
あっ、あっ……
うわあああああああああああぁああ゛あぁ゛!!」
男は自分の腕が無いことに気が付き、膝を落として庇うようにうずくまり、絶叫を上げた。
「…悪いが俺は、禁忌の契約者だ。」
アオイは振り返る事なく、コツコツと靴音を響かせ、部屋から出ていった。
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