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チアキが宿に入ろうとしたときだった。

ころりと、紙袋から買ったばかりのなにかの実がごろごろと転がっていってしまった。

その場に袋を置いて、慌てて追いかける。
少し斜面にもなっているせいか、実は走りを止めずにどんどんと下っていってしまう。

息を切らしながらも必死になって後に続いた。


ようやく実が転がりをやめ、あらゆる所で転々と動きを止めたのを確認すると、チアキはほっと胸を撫で下ろして実の回収にまわる。



1つ、2つ、3つ……


そして最後の実を拾おうとした時に、代わりに誰かがそれを拾い上げた。


顔をあげると逆光でよくわからなかったが、鼻を鋭く刺激するようなきつい香水の香りがした。




「…ほら、落ちたぞ?」



優しく声を掛けられるが、何故かチアキは警戒してしまった。

男は近づき、実を差し出す。

恐る恐るその手にあるものを受け取ろうとするが、顔が見えぬこの男にチアキは全身をじっくりと観察されているようで心が落ち着かなかった。



「…やはり…君は……」



男は何かを言いかけてすぐに口をつぐんだ。



何故だろう。
冷や汗をどっと感じた。

早くこの場を去らなくちゃ…



チアキがお礼の声だけ掛けようと思ったら、男は漸くああと何かを思い出すように言葉を漏らした。



「…あの時の君か、」





あの時――――…?


何を言ってるんだこの人は。




「そうか、君が」


さらにぬっと自分に近寄る男。

なにがそう思わせるのか分からないのだが、自分の本能が身の危険を告げていた。

訳もわからないまま、伸ばされた腕を振り切って、兎に角その場から逃げようと走りだす。




が、




―――ぐいっ



腕を強引に引っ張られ、阻止されてしまった。



「そう、怖がる事はあるまい」


そう言って男は暴れるチアキの口を無理矢理に布で覆い、押さえつけた。


「〜〜〜〜〜っ!!」


抵抗をしているのだが、力が違いすぎて敵わない。

布に染み付いたきつい香りが脳の思考を鈍らせていく。




「君は今日から私のものだ」




段々と、虚ろな目に変わり、そしてついには意識が暗闇の奥深くに沈んでいった。




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