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合戦集
虎牢関の戦い
虎牢関の戦いの背景

反董卓連合軍は挙兵したものの董卓を包囲する体制を整えたまま、連日宴会に明け暮れていたといいます。

そんな中、西方の猛者達[董卓の兵達]に立ち向かうのは、同じく猛者達の産地で知られる南方の男達でした。

反董卓連合軍の別働隊とも言うべき袁術に従っていた孫堅は、すでにこの時点で太平道の乱討伐で名を挙げた名将として知られる人物です。

南方の猛者達を率いた孫堅は、反董卓連合軍の中で唯一果敢に董卓に挑みかかります。

これに対して董卓は配下の胡軫を主将として、これに呂布の率いる騎兵を付けて、合わせて五千の兵で孫堅に当たらせます。しかし、この胡軫という武将は、大言壮語癖とせっかちな性格の持ち主で、董卓に「十分兵を休ませるように」と言われていたのにも関らず、「この戦いは郡大守の一人でも倒せば、反乱軍は恐れおののいてそれで済む」と豪語して強行軍を続けたため、兵は疲労して将兵ともども胡軫を恨むようになってきました。

孫堅の駐屯する陽人城を前に、胡軫に反感を持った呂布ら配下の武将達は、なんと呂布自ら自軍に「城中の敵が夜襲してきた」と嘘の情報を流して、戦う前に胡軫軍は数十里も撤退する有り様でした。
この士気の薄い胡軫軍は、その後も陽人城の防備が固いとみるや、あっさりと撤退してしまうのでした。


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あきゅろす。
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