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短篇

「……う…ん…?」
樽ごと誰かに運ばれているような感触。
山に向かうときのように荒々しくない、決して揺らさない青年を気遣うような運び方。

いつの間にか寒さが無くなっている。

そんな事は有り得ない、ここは山の頂上だ。風の音がしないのはたまたま。

実に運が良いのだろう。
「…………」
声を出す気力が無い。それ以上に瞼が重い。青年には不思議と死ぬという恐怖は感じず、

意識が溶けていった。


「……っ…!」

眩しい。樽の中で光はあまり通らないし今は夜なのに。
堪らず青年は手で両目を覆う。
「おや、酒かと思いきや人間とは」

両目が光に慣れて、ゆっくりとその目を開けると、
「!………」
その目の前の光景に青年は絶句した。

床は鏡のように光沢を持つなにやら妙な石畳、
柱も壁も綿密な紋様がびっしり彫られていて、思わずため息をついてしまうほどに美しい。
「……おや、起きてしまっているとは」
左側から透き通った声、そちらを振り向いてみると
「…わぁぁぁっ!?」

青年は驚いた。樽ごと飛び跳ねて横になった樽で逃げようとごろごろと転がる。
「ははは。そりゃあ驚くだろうね。」

声の主は愉快そうに笑って、転がる樽を『浮かんで』追った。

たちまちに樽の動きは止められた。
「わぁっ…何……?」
青年が樽から引きずり出され、その身体が宙に浮き上がる。
手を動かそうと足を動かそうと決して地につかない。
「…!……此所はっ…誰……何…なんだ…?」

目の前には楽しそうな声の主が。青年が震えた声で話し掛ける。
「私は『山の神』。そしてここは私の住み処。」

そう、声の主は答えた。

上半身を惜しみもなく晒け出しており、
腕には何かしらの金属で出来た輪っかが腕にそれぞれ着けられている。
腰布は鮮やかに染められていて、その上から付けられた前掛けには柱や壁と同じような紋様が描かれている。
更にその体躯は青年よりも高く、全身が毛で覆われて。
背中側が夕暮れ時のような橙色、腹部や腕の内側が光沢のある銀色。
手足に生えた爪は鋭く、頭から三角形の耳が二つも飛び出していて、
両眼は見事な金色で瞳孔は縦に裂けていて。鼻と顎が突き出て、髭がそこに生えていて……

まるで犬か狐かの頭を無理矢理人にくっつけたような生き物が、青年に笑っているような表情を作っている。

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