[携帯モード] [URL送信]

短篇
飛豚-12
ボタンを押したその後に、何が起こるのかも分かり切っている様な動きをする。だくだくと粘ったミンサーの断面から溢れる血で掌を汚し、そのままヒーロー達を押し退けて、最期にミンサーに手を振りながら。
穿たれた穴から空中へと落下する。時間の経過に伴って随分と不安定な、間もなく途切れてしまうであろう力場を通り抜けたのと合わせ、スピークラブ・ディアハートの身体は空中へと放り出された。

「あはははははは」「ぎゃははははははははは」「うふふふふふふふ」
「ほら見た事か。お前は見事にこんな世界でヴィランを成し遂げたぜ、ミンサー……この俺が見届けた」

第5世代の機構が組み込まれたサイボーグ型のヒーロー。闇医者によって自然と改造を施していた市民達、そしてヴィランから持っていたであろう者、悪辣な科学者。
彼等の意識は完全に掌握して、狂ったような笑い声を放つばかりの存在になっている。ミンサーのハッキングが完全に成功した事の証明であり、非改造の者達にとっては明らかな異常事態とも取れる光景であり。
以前のヴィランらしい行為をヒーローも市民達も理解する事となるだろう。傷付ける訳でもない。淫らに溺れた訳でもない。街中が賑やかな笑い声で包まれて、まるで彼の事を見送っている様。

間もなく力場が消滅する。それが何を意味するのかも、十全に理解出来ている。
視界の端々から真っ白になりつつある光景の中でも、最期に手を振ってくれた、名前までヴィランに対して教えてくれた人間の事を思い返す。ほんの数日間の狂った世界での出来事の果て。
今の今までやりたい放題にやって、世界を元通りにする為にこんな無茶をやって、理解者を得て死んでいく。

「今まで迷惑掛けた人達には悪いって事は……ヴィランとして悪くなかったって事だね、ぶひひっ」

自分への復讐心を持っているだろう被害者の身近な相手も。自分によって壊されたまま狂って終わったヒーローだった者達も、不幸な市民だって。
こんな最期を望んではいないだろう。残念だった。残念だったな。血を吐き出しながらミンサーは笑い。
そして、力場は消えた。

「ぬぉぉぉぅっ……これから世界をよろしくな、ミンサー!」

ここ数日、この世界に訪れた直後に顔の下半分に嵌めておいたバンダナを捧げる。巨大化した布地に包まれる形で落下の勢いを殺して、僅かに間に合わずどうにか転がって着地。
笑い声が響くヒーローと市民、そして建物の真上では壮絶な爆発と衝撃音が響いていった。即座に走って距離を取らなければ、破片が間もなくやって来る。
気を取られている間に、走って逃げて行った。目的はミンサーの家の中。
この日を持って捻じれた世界は目まぐるしく変わる。ヒーローとヴィラン、その間で守られ抗う市民達。

「…………本当によろしくな、ミンサーよ?」

唇に嵌めたリングピアスに備えた宝石を煌めかせながら、スピークラブ・ディアハートは満足気に笑っていた。



可能な限り風呂場を掃除した甲斐もあったというものであった。歩き疲れて汗塗れの身体を直ぐに洗い清める事が出来て、湯上りの身体でおんぼろなテレビ越しに情報を見る事が出来るのだから。
獣人用のタオルであっても擦り切れに擦り切れて人間の生肌には痛々しいタオルで水気を拭いながら、テレビでは改めてのヒーローがヴィランの対策を練り込み続けるだのといった宣言が行なわれている。
必死でヒーローに抗っていた市民。唯一のヴィランとして処置が施されたヒーロー達をいつでも操る事が出来る証明を果たしたヴィラン。そしてヒーローはヴィランに対抗しなければならない存在。

「俺は少なくともお前の事を、ヴィランがどうとか関係なく協力してたのは違いないが」

ヒーローがヴィランの悪行を完全に把握していた時には、市民はそれ以上に迅速な意識を抱いているものであった。
不意に悪逆非道を造り上げ、散々に迷惑を被って来た「嘗てヒーローと名乗っていた集団」に一泡吹かせた「嘗てヴィランであった個人」の事を。
何よりも第5世代のヒーローが密集していたが為に、肉盾になって一部の攻撃が防がれる事になった幸運に。市民は信じた。彼こそが今の時代における、ヒーローなのだと。

『今ここに宣言します!我々は今現在は唯一のヒーロー……ミンサーとよりよい社会を造り上げる為、ヴィランを殲滅してみせるとっ!』
「正義と悪を決めるのは、いつでもその他の第三者ってか……俺一人じゃないから、幾分かはマシだと……うん、マシだと思うな!」

そっくりそのまま正義と悪が反転した世界、カメラ越しにぎこちなく笑うミンサーを見ながら何度も頷き、家庭電話が鳴り響けば遠慮なく受話器を取った。

「終わったよなオーイナさん?今の内に時計が欲しいんだ。時空間異常の耐性持ちで、人の心を持っていながら肉体的には人間じゃない職人製だとありがたい」

【終】

[*前へ][次へ#]

12/13ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!