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短篇
飛豚-10
「時計あげちゃったから分かんねえが……必死で頑張ってると信じておきたい所だな」

階段は変化していて、どれもこれもが人間の全力の進行を妨げる造りとなってしまってさえいるものだった。
異常に段数を増しているもの。踊り場にさえ傾斜が着いているもの。階段そのものが捻じれているので、手すりに掴まって登るもの。
ようやっと平坦な所にまで辿り着いたので、一時的な休憩を入れる。顔を覆ったバンダナにも汗が染み込み始めているし、胸元に昨日まで提げていた心地良い重さも今では存在しない。

ヒーローが狂ったのもヴィランがまともになり過ぎたのも、市民が過激になったのも階段がこうして変形しているのも全ては同じ発端にして、その意味だって人間には分かり切っていた。
だからこそバンダナの中では息を切らしながらも普通に笑える事が出来るし、ミンサーの事を信じながら再び起き上がるだけの余力だって残っている。

「俺は信じるぞ……良い感じに、最後の最後までヴィランをやってくれるってな……」

階段に横たえていた身体を起き上がらせると、楽し気な表情のまま手すりに飛び移る。
今度は階段の一部が手すりを除いて完全に抜けている有り様であり、手すりと階段とを行き来しなければならなくなっていた。

「っ……!?」
「どうううううううだあああああああっっっっ」

ゆったりと緩慢な動きに見える。が、他に比べると圧倒的に早く、コードを打ち込みながらでは間に合わない箇所がある。
両手と両足に新規に取り付けられたアタッチメントから青みがかった色の炎を噴き出しながら、空中で微細に軌道を換えて、そしてミンサーの身体の一部がまた持っていかれる。

両手と言っているが指の形は残っておらず、ドリル上に変形した部品が、その表面に取り付けられていた細かな刃によって身体の表面を文字通り「摩り下ろして」くれているのだ。
緩慢な動きであるが力の差まではどうにもならないものであり。片手で振り解こうとすればぎょりぎょりと音を立てて掌の皮膚が持っていかれて、身体を逸らそうとしてもゆっくりとした動きで此方に合わせて来ている。
気が付けば、周りのヒーローとヒーローの振り翳した武器と放たれた光線他弾薬の数々が迫って来ている状況。距離が狭まっている上に目の前のコンソールからも離れられないで、いつの間にやら全身が血だらけになっている。

「がぶっ……あぁ、くそっ……!」

ミンサーと名付けられた自分が摩り下ろされる様な皮肉であるなと思っていた。そんな気分も不意に飛び込んで来た光景によって消し飛んでしまったのが見えた。
ゆったりと此方を中心にして歩み寄って来ているヒーロー達は、まるで自分の事以外目に入っていない様に、頭を半分程吹き飛ばした「ヒーロー」の亡骸を踏み躙っていたのだ。
そこに居るのは自分の正義を成して散っていた者でさえなく、ただの肉の塊か死骸とでも言わんばかりに。
ヴィランの癖して、それが一番腹立たしかった。怒りにかまけて殴り飛ばす事さえも出来ない事は分かっている。鈍化している動きであっても、これだけに肉を持っていかれているのだから。

どれだけ力を振るっても容易くコケにされる事の無惨さを、そんな時にどんな表情をしてくれるのかも分かっていたのに。此処まで悔しいものだっただなんて。此処まで酷いものだっただなんて。
だが、ミンサーにはまだ救いがあるのも分かっている。わざと残して潰す悪趣味なものではなく、コードの入力はやるだけ残ってくれるのだ。そして人間が、まだ名前も知れないあの人間がきっとこの場へと向かって来ている。
ヒーローが迫っている。迫り続けているしアルカディア・ドラゴンはこの力場の効果が解けた途端に猛烈な勢いで暴れ始めるのだろう。そうなる前に。そうなってしまう前に。

「うおおおおおおおおおおおおおおお」
「…………」

またちらりと視線を向けてみる。ヒーローの頭部は名前も知らない糞ったれの足元に、完全に踏み潰されていたのが見える。
正義がこうなるんだったら、悪だって好きにしてくれよう。生涯今まで一度たりとも、肥え太ったこの身体を厄介だと思わないまま過ごしたのだと。

「……そしてこれが最初で最後のヒーローへの謝罪になるかなあ……両手足もいじゃってごめんねえ……」

脇腹と内臓の隙間とに合わせて。両手のドリルを、ミンサーは自分の身体に招いてやった。

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