恋人未満2
今日は放課後が来るのがいやに短く感じた。
私は今日から忍足くんを吹っ切れるまで、放課後が憂鬱な時間になるんだ。きっと。
バイバイ、佐藤。バイバイ、みかちゃん。バイバイ、みさとちゃん。バイバイ、内田。
バイバイ、忍足くん。
なんて、憂鬱なんだろう。
私はいつも通りにみんなに挨拶をして教室を出ていくみんなを見送った。教室にはもう誰も居ない。
バスの時間は、まだ来ない。
昨日、私はバスの定期を教室に忘れて取りに戻った。そんな時、教室から布を何度も擦り合わせるような音と、いやな声が聞こえてきたんだ。
『やだ、…んっ、人、来ちゃう…っ』
『大丈夫やろ…』
悪寒が走った。そっちは大丈夫かもしれないけど、こっちは全然大丈夫じゃない。バス代金、結構高いんだから。私今日、自腹になっちゃうじゃない。明日忍足に請求してやるんだから。ばか、ばか、大ばかやろー。
「…ぅえ、っく…」
もう、涙が止まらない。大丈夫だ私。今日一日中我慢したなんてえらい、私。
さっさとあんな変態なんか忘れて別の恋しようよ。好きなんかじゃない、好きなんかじゃない、あんなやつ、はじめから好きなんかじゃない。
「…忍足くん……」
「呼んだ?」
「大っきらい」
いつからうしろに居たんだ、忍足くんのばか。急に返事するから焦ったじゃん。
でも言いたかったことは一言だけだから、今度は動揺しないでちゃんと言えたよ。
「そんなこと言わんといて」
何を今更。何でそんな淋しそうに言うの?淋しいのは私なのに。まるで忍足くんがフラれたみたいじゃない。フラれたのは私。告白する前にフラれるなんて、なんて滑稽なの?
「苗字ちゃん、ここにおる気がした」
「…昨日、定期をここに忘れたの」
「あぁ、それでか。スマンな…」
ぽん、と忍足くんは私の頭に、後ろから手を当てた。私は避けるように机に顔を伏せて、涙に濡れた頬を隠す。
見ないで、私の顔。気が付かないで、泣いてたことに。きっと、あなたに抱き着きたいって顔してるから。
「名前」
忍足くんは急に私の名前を呼んで、私を後ろから包み込むように覆いかぶさってきた。私の腕と忍足くんの腕が重なって、顔がすぐ横にある。いつも隣から見てた綺麗な顔が、今、焦点が合わないくらい、吐息が耳にかかるくらい、近くにある。
心臓あたりがちりちりと痛い。やめて、抱きしめないで、他の人を抱いたその腕で。
「……どいて…っ」
「嫌や」
「どいて、ばか」
「好きや、名前」
信じられない。どうせ他の人にも同じようなこと言ってるんでしょう?千の女を持つ変態ってか。ばかばかばか!大っきらい!
「振り払わんの?名前、俺、自惚れんで?」
「っ!」
私は急いで立ち上がって、手を掴んでいた忍足くんを振り払った。
本当は、ずっとこうしていたかったくせに。
「他の人、抱いたくせに…!」
「泣かんといて」
忍足くんの両手が、私に向かって延びてくる。その先を期待する自分が嫌になる。
好き、好き、大好き。はやく私を抱きしめて。
延びてきた両手は私の腰に回って、ふわりと私を抱きしめた。あぁ、しあわせ。
「……返事、くれへんの?俺今めっちゃ緊張してんねやけど…」
「言い慣れてるくせに」
「あほ、好きな子に言うたんは初めてや」
「ウソツキ」
「ホンマや」
少しだけ好きだったのに、なんて嘘。ウソツキは私。大嫌いなんて嘘。抱きしめてほしくないなんて嘘。みんな嘘。どんなに汚れた手の平だってかまわないから、私をきつく抱きしめて離さないで。
「…すき」
あぁ、ついに言っちゃった。
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