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部室の置手紙。
『推薦で高校が決まったよ。』
1月も終わりのある日、美術準備室にそんな置手紙があった。
置手紙というか、メモ書きというか、走り書きというか。
差出人は書いてなかったけれど、私にはすぐに分かった。
「田中先輩、私立の推薦で高校決まったんだね。」
「どこの高校だろうね?」
「…そこまでは書いてないよ。でも勉強できるから、良いところ入ったんだろうな。」
10月に文化祭が終わって、先輩が引退して、寂しかった。学年が違うと、廊下ですれ違うことも滅多にないし。
放課後、田中先輩は部活に顔を出してくれるようになった。
「高校の制服、学ランなんだよ。」
嬉しそうに話す先輩。
私はそんな時間がすごく大好き。先輩が大好きだから。
でも、そんなこと言えないから。先輩と同じ空間で、絵を描いたり、粘土をこねたり。
それだけで私は幸せだった。
そんな日々が続いたのは、3月半ばまで。
「田中先輩!卒業おめでとうございまーす!」
「お、原島。ありがとう。」
花と寄せ書きを渡した。
ネクタイ下さい。って言いたかった。でも言えなかった。
「電車通学、混んでそうでやだなあ。しかも、うちの中学から一人しか行かないんだよなぁ…。」
ちょっと不安げにつぶやく先輩。
そんな、先輩のいろんな姿が私の瞼に残っているんだ。
そういえば、どこの高校に入ったか聞けなかった。

私は中学3年生になった。
田中先輩に会えない日々。駅と学校と家の位置関係的に、通学ルートは被ってないはず。
そのことは私をますます憂鬱にさせた。
とにかく勉強して、私も高校に入らないと、先輩に追いつかないと、と思って勉強した。
結局私は、第一志望の公立高校に合格した。
先輩とは、絶対に違う高校。でも仕方なかった。

私は高校1年生になった。
私も電車通学することになった。朝の電車の混雑は、ひどい。サラリーマンたちに押しつぶされていた私。
それでも、新しい環境にもなんとなく慣れ、なんとなく新しい友達もでき、なんとなく人生初の彼氏ができた。勉強はすごい難しいけど、高校生活って楽しいね。
そう思っていたとき。田中先輩に再会した。
いや、見かけたっていう表現が正しい。電車の中で、同じ高校の友達と楽しそうに話している先輩を見かけた。
学ラン似合いすぎだよ、先輩。
友達とのおしゃべりを邪魔するのは悪いな、と思って話しかけられなかった私。
それから、彼氏の顔がまともに見られなくなった。

高校2年生になった。先輩は3年生になった。
また、電車の中で先輩を見かけた。やっぱり友達と一緒。
「まだ第一志望が決まっていないんだよなぁ…」
先輩がそう言ってるのが聞こえた。そっか、大学受験か。
やっぱり先輩は私より先に行ってしまうんだよね。
それから、なんとなく彼氏と別れ、私の高校生活は荒れ始めた。
この時期のことは思い出せない、いや、思い出したくない。
とりあえず、文理選択をした。数学・理科の成績の方がまだよかった私は、バリバリの理系に進むこととなった。

高校3年生になった私。
「まだ第一志望が決まっていないんだよなぁ…」
そういった先輩が、私が最後に見た先輩の姿。
大学はどうなったんだろう。もしかしたら浪人生かも。それとも、一人暮らしでも始めたかな。
なんとなく理系志望で大学受験をした。なんとなくだったから、結果はひどいもの。
とりあえず1校だけ、私立大学に受かり、とりあえずそこに行くことにした。

学科は理系の割に女の子が多く、友達はすぐにいっぱいできた。
大学生は遊んでいるイメージが強かったけれど、それは文系だけだったみたい。
時間割はびっしり埋まり、サークル・バイトもままならない。課題がどんどん迫ってきた。
とりあえずこなして、こなして、たまに学科の友達と騒いで。なんだかんだいって恋もしないで時は過ぎた。

「ねぇ、沙奈は彼氏いないの?好きな人は?」
友達にそう聞かれると、
「彼氏は…高校の時っきりいないよ。好きな人も…いない。」
好きな人、って聞かれると、決まって田中先輩のことを、未だに思い出す。
部室の置手紙のことを、思い出す。

今年で私は大学3年生。先輩は…就活してるかな。もし先輩が浪人してたら、同じ学年のはず。
どちらにせよ、先輩は今どうしているかわからない。
『田中先輩へ お元気ですか? 原島沙奈より』
恋だったのか憧れだったのか分からないけれど、先輩が今どうしているか、気になる今日この頃。

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あきゅろす。
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