Rire-
しばしの休息(祐詩)
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少女はかつて、白い部屋で暮らしていた。
周りには大人しかいなかったけれど、彼女は満足していた。
誰もが彼女を大事にしたから。
誰もが彼女を愛してくれたから。
やがて彼女は、白い部屋を出る。
部屋の色を映したように、白い髪と、白い肌を、太陽のもとへ連れ出した。
――そして悲劇が始まった。
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耳元でごくりと鳴った音は、知らず知らずのうちに張り詰めていた緊張のために俺が飲み込んだ唾の音だったのだろう。やけに響いて聞こえたそれは、目の前の少女には違うように聞こえたらしい。
「……先に、食べたら?」
あるかなきかの、すぐに見落としてしまいそうな微笑みを口元に過ぎらせて、少女は持っていた器を亮貴に渡した。コップをベッドの脇の簡素なテーブルに置くと、同様に簡素な椅子を引き寄せて、名前が不似合に思えるほど白い少女はそこに座る。
そして、居心地悪そうに視線をそらした亮貴が食べ始めるのを待ってから、イロは話し始めた。彼女の物語を。
「私はこの島で唯一、抗体を持った人間なの」
亮貴の足を侵食する、惨たらしい紫にひたりと視線を据えて、何でもないことのように少女は言った。
「何……だって? でもさっき、ワクチンはないって……」
「私は、怪我をしても侵食されない、ということ。何が原因でそうなのかわからなかったら、ほかの人の役には立たないわ。それに、私をモルモットにするよりも島を出るほうが早いもの」
全身に白をまとうせいか清冽な印象すら抱かせる少女は、驚きに手を止めた亮貴の目の前で鈍く光る銃を手に取る。表情は変わらないままだが、物騒なことこの上ない。
そんな気はなかったものの釘を刺されたようで、亮貴は中途半端に笑って視線をそらした。
「だから私はこの島に長くいても私のままだし、長くいるから詳しいの。――神谷薫を殴る、って言ったわね。本気?」
「……ああ。人の命を勝手にゲームに使いやがったんだ。それぐらい当然だろ」
「気晴らしのために命を捨てるの?」
語られ始めた物語は、途中事情をだいぶ端折って唐突に終わりを告げた。それ以上の反問を許さずに話題を変える少女の頑なさに怯んだ亮貴は、食べ終えた器をテーブルに置き、代わりにコップの水で咽喉を潤してから答える。
イロはそんな彼に、仮借のない質問をぶつけてきた。
「施設から出られれば、神谷は自分のルール通りに邪魔立てしないでしょうね。なのにわざわざ、危険を承知で本人のところまで行く理由は何?」
「……それは……」
宣戦布告をしたからだ。
おまえの咽喉笛を食いちぎってやると、本人に向けて宣言をしたから。
「彼のゲームが嫌なら、盤外からプレーヤーを殴ればいい。駒になる必要なんか、ないわ」
言うだけ言って気が済んだのか、イロは体重を感じさせない身軽な挙措で椅子から立ち上がった。時刻はすでに深夜の2時を過ぎている。彼女は普段どんな生活をしているのだろうかと、場違いなことを思った。
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