Rire-
宣戦布告(hubbaaa!!!)
「そんなに都合良くは無い……か」
右手を擦りつつ、そう小声で呟き、俺は忌々しげに正面を睨み付けた。
俺の視界の大部分を覆っているのは、この施設に入ったとき、俺を閉じ込めた鉄の扉。
「くそっ、手が痛い。――釣り合ってない、釣り合ってないぞ威力と反動が」
両開きの扉の中央、左右のドアノブの中心に、気をつけなければ分からないくらいの小さな傷がついている。
俺が、この手に持つ銃で付けた傷だ。
あの部屋で研究者と別れてから、俺は地図を見つつ真っ直ぐに俺が最初にここに入ったエントランスを目指した。
あわよくば手に入れた銃で扉を壊せるかもしれないし、それが駄目でもあそこにはこの施設を脱出する為のヒントを手に入れることが出来るかも知れないからだ。
以外にもあの部屋から入り口までは近く、俺は僅か十分ほどでなりふり構わず逃げ去ったエントランスに戻ってくることが出来た。
幸いあのゾンビのような異形たちの姿は無く、俺は何とか扉を開けようと頑張っていたというわけである。
鋼鉄の扉は、銃弾すらものともしなかったが。
「これからどうすればいいんだよ……」
弱気な“台詞”を吐きつつ、“その時”に備え、俺は自分の状態を確認した。
足、OK。さすがにここまでは歩いてきたし、あの部屋でも話を聞いてる間は大分休めたので筋肉も心肺も問題ない。朝からのバイトからこっちかなり酷使しているが、元々体力には自身がある。先ほど程度の全力疾走程度なら軽く出来るだろう。
「家に帰りてえよ……。何で俺がこんな目に」
手、右手が痛い。……これは何とも言えない。扉に向けて銃をぶっ放した反動でずきずきと痛む右手は、しかし限界とやらが良く分からない。
銃なんて撃ったことないし、まあ後二、三発なら大丈夫だろうが、それ以上は謎だ。これは最後の手段にしといた方がいいだろう。
「誰か助けてくれよ……、っ母さん」
銃、……分からん。触ったことなんて勿論ないし、あんまり詳しくも無い。サバゲー位ならやったことあるが、銃の種類なんて気にしなかったしなあ。持ってた奴も特に手入れの必要がない普通のエアガンだったし。大体こんな撃つたびにトンでもない反動がきてたら、すぐに銃自体がぶっ壊れそうなものだけど。銃って以外に
精密機械じゃなかったっけ?
とにかく、あんまり頼りにしないほうがいいだろう。……とはいえ、最後というかどうしようも無くなったら頼らざるを得ないんだろうけどな。
……にしてもまだか? それとも俺の読み違いか?
いや、それは無い。だって、最初ここに入ったときには動揺しすぎて気づかなかったモノ。さっき見つけた、気づいてないように目を向けまい目を向けまいとしているあそこに、無機質なレンズの光が……。
《おいおい、戻ってきて扉を銃で壊そうなんてなかなか勇敢な真似したと思ったら母さん? 私を笑わせるために戻ってきたのかい君は?》
「――――っ」
ほら来た。あのレンズの向こうからこっちを見てるんだろう。恐らくこの声の持ち主こそ神谷薫……!!
「あ、おいっ! お前が俺を閉じ込めたんだろ!? 勝手に入ったことは謝るからさ!! 頼む! ここから出してくれ! 助けてくれよ!!」
《今度は命乞い? まさかそれが適うとでも思っているのかい?》
よし、少なくとも俺と会話をする気はあるらしいな。
「そんな……。っ大体! 何で俺がこんな目にあわなくちゃいけないんだ! 俺がお前に何かしたのかよ!?」
《そして逆切れか……。意外に面白いね君。……そうだね、ルール説明ぐらいしたほうがいいかなやっぱり。すぐに死なれても困るしね》
「ル、ルール説明……?」
《そう。ルール説明。言ってみればこれはゲームなのさ。》
――――――!?
「な、んだって?」
あまりといえばあまりに意想外な言葉に、俺は演技しているのも忘れて絶句した。
いや、予想していなかったといえば嘘になる。仕事といえば立っているだけという割の良すぎるバイト。絶対に施設に入るなという条件。それを破らざるを得ない状況。そして先ほど。
嵌められた、遊ばれてるという自覚は無論あった。
だから、こいつが今の状況をゲームと言ったって不思議ではない。むしろ、好都合のはずだ……!
だが、だけど、だって……、何人もの人間が死んでいるんだぞ? そしてこいつは死体をも弄び、まるで映画に出てくるゾンビのごとく操っている。
それが、ゲームだと?
ぎり、と銃を握り締める右手がきしんだ。力は入りすぎて、きっと指は白くなっている。
《名前なんて言ったかな。君がさっきまで話してた研究者。ああ、彼ならさっき死んじゃったけどね》
「――――っ」
……そうか。やっぱり死んじゃったか。空いた左手で、ポケットの上から手紙を押さえた。
いや、殺されたのか。こいつに。
――落ち着け。落ち着け俺! せっかくあいつがペラペラと情報を喋ってくれようとしてるんだ。此処はおとなしくしてろ――!!
《何を驚いてるんだい? 私は君が何処にいようと君のことが見えてるんだよ?》
ばっ、と、おびえたように周囲を見渡す。当然、とっくに見つけてあるシャンデリアの向こうの監視カメラには目を向けない。
《ふふ、それじゃあルール説明といこうか》
俺の心を焦がす怒りはじりじりと体の内側を灼き始めて。俺は黙りこくったままルール説明とやらを聞いていた。
《これは君と私との勝負さ。この施設から出るか私を殺せば君の勝利。君が勝てば、生き残ることが出来るし、もしかしたら世界を救う英雄になれるかもね?》
小馬鹿にしたような口調が癇に障る。おそらく、いや間違いなくこいつは俺の勝利、自分の敗北なんて考えてもいないだろう。
《当然君が死ぬことが私の勝利だ。ま、なるべくなら早めに死なずに頑張って僕を楽しませてくれよ?》
「……っだから! 何で俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだよ! お前何が楽しくてこんな――――」
《暇だったからさ》
「…………なっ!?」
《ホント、暇だったんだよ。そういう意味ではあの研究者の脱走は予想外にしても中々楽しめたんだけどね。ただ1週間しか保たなかったし。まあ、ちょうど君の代わりに死んだところなんか空気読みすぎだろうって笑えたけどね》
予想外……か。彼が言ってた白い少女のことも、こいつはやはり知らないのか?
こいつの行動理由に関してはどうでもいい。
……いや訂正。むかつく。暇だからってあの研究者を弄び、今度は俺が足掻く姿を見て楽しもうとしている。正直これまでの怒りも含めて目の前が真っ赤になりそうだが、でも理由自体はどうだっていいのだ。なにが理由だったってむかつくだろうし。
《彼は衰弱しきった状態から着の身着のままのスタートで1週間保った。なら若くてしかも最初から銃まで持ってる君ならもっと私を楽しませることが出来るだろう?》
こいつは本当に、自分の敗北なんか欠片も考えちゃいないな。まあ、舐められてることは好都合だが。
「なあ、窮鼠猫を噛むって知ってるか?」
これ以上こいつから情報は得られないだろう。だが、ここにきた意味はあった。こいつの意図を知れたし、ゲームといった以上こいつは最低限のフェアは保つだろう。あとはいかにこいつを出し抜き、俺が勝利するかだ。
だから、舐められてることは好都合だ。……でもこれぐらいはしておきたい。でないと、俺の怒りが収まらない。
《そりゃあ、ねえ。意味は当然知ってるさ。へえ、僕に噛み付ける気かい? ネズミ君?》
からかうような口調、それを真っ向から受け止め抑えてきた怒りを爆発させるように、俺はレンズの向こうに居る奴を射殺すつもりで監視カメラを思いっきり睨み付ける。
《……な、気づい……》
「ああ。――喉笛を食い破ってやるよ!!」
宣戦布告の言葉と同時に、右手に持った銃で監視カメラをぶち抜いた。
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