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小説
この想いは、霞に紛れて-前編-(ダテサナメイン三幸少々)
 何故、そんな死んだ眼をしているの?
 生きていく事を諦めたような、世界中の全てを絶望したような。
そんな哀しそうな眼、初めて見たから。
 どうしても、どうしてもほっとけなかった・・・。


*****

 止まり木の天辺に居座った梟がホウホウと哀しげに鳴いている夜。上田城周辺は、ぼんやりと霞がかっていた。
日々続く終わりの見えない戦。せめて体の疲れだけでも癒そうと早々と床についたはずの幸村だったが、血が滾るのか、何故だか目が冴えてきて眠れなくて、再び布団からのっそりと起き上がり。
足元からしんしんとせり上がってくる冷えから身を守ろうと無意識に、羽織った上掛けの合わせ目部分を持ちながら、独り、城の中庭部分を散歩がてら歩いてみる。
視界の隅、闇の中でゆらり人影が動いた。
―――誰かがいる。
そっと息を殺して一歩、また一歩近づいていくと、気づいたときには、相手は幸村を上回る俊敏な動きで自分の背後に廻っていた。
「ッ・・・。」
 自分の陣地、上田城内ということで気を許しすぎたことを悔やんでも、今更。
 生温い脂汗が背骨あたりを沿って、つつっと気持ち悪く降りていった。
顎を反らした幸村はくっと息を飲む。
鈍く不気味に光る切っ先が自分の急所、喉元を迷うことなく狙っているからだ。
「貴様、気を抜きすぎだな。俺が敵なら、今頃完璧にあの世行きだ。」 
 相手がフッと鼻で軽く笑った後、全身に張り巡らされていた殺気は収められ、それと同時に剣も鞘に戻された。
「、石田殿。」
 その声を聞いてホッと胸を撫で下ろした幸村が振り返ると、すぐ鼻先に、月の光を存分に浴びた三成の、鉄面皮のごとき無表情なままの顔があった。
「城内だからと、平和ボケしているのか?」
「いや・・・そう、では、ござらぬ・・・。」
と、まだ鈍い緊張から完全に解かれない幸村は切れ切れにそう言葉を落としながら、深く腹の底から深呼吸する。
「今は貴様を殺さない。安心しろ。」
 闇と同じ色の双眼が、幸村をじっと見下ろす。
「せいぜい誰かに殺されないよう、気をつけるんだな。」
 捨て台詞のごとくそう吐き捨てると、もう幸村に用は無いと言いたいのか、三成はさっさと踵を返す。
「ま、待ってくだされっ。」
 瞬間、幸村は縋るように三成の二の腕部分を両手で掴む。
「何だ、まだ何か?」
幸村に右腕を預けながらも、ここではない、どこか遠くを眺める横顔を両目に映して、無意識に幸村は動いていた。自分でも何故そうするのか半信半疑だったが。
その疑問を正面からぶつけるみたく、幸村はこう問うた。
「もしや、寂しいので?」
「、はあ?」盛大に、声が出てしまう。
 この状況で、どうしたらそういう発想が出るんだ?、と。
 三成は、モノは言わなくても全身でそれを表している。
「だって、ソコに書いておる。」
「・・・どこがだ。」
 三成を掴んでいる腕とは別の手で、眼前の顔をまっすぐ指差す。
 不機嫌に、眉間にしわを寄せた三成は、指差すな、と、やんわりと幸村の人指し指を収めさせた。
そして、次の幸村の行動は、これまた信じられないものだった。三成の声を裏返させるくらいの破壊力を伴っていた。
「き、貴様っ。」
「昔、某が寝付けないとき、佐助がこうやって、体温を分け与えるみたいにしてくれました。」
 少し背伸びした幸村の両腕は、三成の肩をしっかりと抱きしめていたから。
 身をよじって抵抗するけれど、その馬鹿力は緩む所か、ますます強くなる一方で。
「私は子供では無い。」
「確かに。」
「なら、貴様な・・・。」
呆れた風に拘束されたままの三成は口を開くけれど、それでも幸村は子供をあやすように自分より大きい彼の背中を摩り続ける。
「こんな大きな子供がいたら、吃驚仰天でござるし。」
「・・・真田。」
 わざとらしく溜息を零した三成は、とうとう抵抗するのを諦めたのか、幸村の腕の中で大人しくなって逆に寄り添ってきた。脱力するみたいに幸村の肩口に額をぶつけて。そして、幸村の背に片腕を回し、彼のやわらかい髪の毛を撫で付ける。瞬間、幸村の匂いがして、何故だか酷く心が落ち着くのを、三成は感じた。
「お前、ほとほと変なヤツだ。」
「変なヤツじゃありませぬっ。」
「じゃあなんで、私なんかに、優しくするのだ。」
「なんか、などと申されますな・・・。」
ガサリ。
 静寂の中、すぐ近くの木々が詠うようにざわめいた。
「風で?」幸村は三成にしがみついたまま、音がした方に目線をやる。暗闇に慣れたはずの幸村だったが、そこには眼を凝らしても漆黒があるだけだ。
「いや・・・これは・・・。」
一変で表情を堅くした三成は、カチリと軽い音を立て、腰元にある刀を親指だけで鞘から外す。
「貴様が、何故、ここにいる?」
 一触即発の鋭い視線を一点にぶつけたまま、木々の狭間に対し、押し殺した低い声で三成は問う。
「お前、石田、三成・・・。」
 ギリッと歯軋りを立てて、三成と幸村に対して、殺気混じりの睨みを送ってくる男。
 第三の人物は、驚くものだった。
「それは、俺の台詞だ。なんで、あんたと幸村が・・・。」
「ま、まままま、政宗どのっ、何故ここに・・・。」
 大きな眼をさらに零れるほど大きくして、幸村は幽霊にあったかのごとく驚き、素っ頓狂な声を出す。
「そうか、分かったよ、あんた、そいつと・・・。」
 マグマみたいな怒りは、政宗の体の中で、ますます膨大に膨れ上がってゆく。全てを燃やしつくすような政宗の視線は、二人に注がれたままだ。
「え、こ、これはっ、そのっ、政宗どのっ・・・っ。」
 状況をやっと理解した幸村は、パッと三成から手を離して、抱きついていた彼から体を1mくらい飛び退いた。
「俺は、あんたに、失望したぜ、幸村。」
「、あの、こ、これは・・・っ。」
 今にも襲い掛かっていきそうな物騒な殺気を、どうにか理性を総動員させて治めた政宗は、振り切るみたく背を向けて、肩を怒らせてその場から去ってゆく。いつもとは違う、声質を他人行儀に変えた台詞を残して。
「真田幸村、次に会うときは、敵だ。」
「政宗どのっっ。」
 喉から絞り出した幸村の呼びかけにも、政宗は反応せず。聴く耳を持たず、全てを拒絶するように、その背は振り返らない。彼の姿が暗闇に溶け込んでゆくまで、今にも泣きそうに顔を歪めた幸村は、その場に立ち尽くしていた。
「・・・ま、政宗、ど、の・・・。」
 呆然とした声で名前を漏らした幸村に、三成は表情を崩すことなくボソリと告げる。
「・・・・・・のか?」
「ええ?」
「あいつを、追わなくていいのか。」
 反射的に幸村は、少し目線の高い三成を見遣る。
「石田殿・・・。」
「私にも分かる。大事な、やつなんだろ?」
「・・・。」
 下を向いて唇を噛み締める幸村に、三成はふうとため息を零す。そして、おずおずと幸村の項垂れ気味の頭に手を添えると、無骨な動きで頭をくしゃり撫でた。
「私も、貴様みたいなやつを好きになれれば、楽だったのかな。」
「い、石田殿?」
 今にも空気と同化しそうなほど儚い、独り言みたいなそれを聞きとめて、幸村は目を見開く。
―――好き?石田殿が、誰かを??
「さっさと追わないと、後悔するぞ。」
「・・・。」
 根が張ったみたいに動かない幸村に、三成は腰の鞘に手をやると、わざわざ聞こえよがしに音を立て、刀を少しだけ抜いてみせる。
「あいつを追えっ。殺されたいのかっっ。」
「か、かたじけないでござるっ。」
 幸村はガバッと90度腰を折り曲げて深々とお辞儀をすると、身を翻して暗闇に向かって駆け出していた。慌てて走ってゆく様を腕組みしつつ、苦笑い気味に見つめていた三成だったが、すぐさま感情全てが抜け落ちたかのごとく、無表情に戻る。
「私は、そう、貴様だけがいればいいんだ、家康。それが、生きる理由なのだから。」
 瞼を閉じた三成はそう苦しげに独白すると、一生報われないであろう心を慰めるみたく、自らの右拳にうやうやしく接吻した。


 城全体を見下ろす小高い丘。
 やりきれない気持ちをぶつけるみたく、ゴツゴツした太い木の幹を素手で何度も殴りつけた。枯葉がその衝撃で抜け落ち、ひらひらと舞い降りてくる。
「くそ・・・っ。」
 不意に政宗はこちらに向かって我武者羅に突進するように土を蹴り上げ駆けてくる音を聞きとめて、振り返りもせず声を張り上げる。
「これ以上近づくなっ。」
 その突然の静寂を切り裂く大きな声にビクンと体を震わせて、幸村はその場に硬直する。
「これ以上、こっちに来るんじゃねえよ。」
「政宗、どの・・・。」
「じゃないと、俺は、あんたを殺してしまうかもしれねえ。」
 両拳で目の前の木を殴りつけ、唸り声を押し出す政宗に、幸村は負けじと声を張り上げた。
「じゃあ、じゃあ、いっそ殺せばいいでござるっ。」
「え?」
 そう吼えるように叫んだ幸村は、無防備だった政宗の背中に、タックルするみたく飛びついてくる。
「て、てめえっ、ゆきむらっ・・・。」
 ぎゅうぎゅうと首もとに馬鹿力全開でしがみついてくる幸村に、不意を付かれた政宗はつんのめりながら慌てる。
「政宗どのに一生近づけないのであれば、某、死んだと同じ事。一思いに、政宗どのの手でやってくだされえっ。」
 力はどんどん増す一方で、首を閉められているほうの政宗は息を詰まらせる。
「ぐっぐるしっ。馬鹿、幸村っ。力緩めろ、俺が先に死んじまうってっ。」
「え?わわわっ、す、すみませぬっ、政宗どのっ。」
 すぐさま幸村は、両手を離す。気道を確保した政宗はむせ返りながら涙を眼に滲ませて、あわあわと心配げに慌てふためく幸村を、振り返りざま睨みつける。
「あんた、俺より、あいつの方がいいのか?」
「へあ?」驚きから変な声が出た。
「だーかーらー、俺より石田の方が好きなのかって言ってる。俺は、あんたが他のヤツに眼を向ける事が、許せなかったんだよ。」
言っている内容が気恥ずかしいのか、どこか違う方向を見ながら、酷くぶっきらぼうに、政宗は感情を吐露した。
「・・・石田殿を?だれがで?」
「なあに全力でとぼけてんだ、あんただよ、あんたっ。あっついラブシーンをこの俺に見せつけてくれやがって。」
 思い出したらまたハラワタ煮え繰り返ってきたぜ。
眉間に何本も皴を刻んだ政宗は、ぎりぎりと歯を食いしばる。
「ラ、ラブシーンとは?南蛮語は某、一切理解できぬっ。」
「何度も忌々しいこと言わすなっ。」
 舌打ちをした政宗は、たまらず、しきりに首を傾げる幸村を力任せに引き寄せて、正面からその身が折る勢いでギュウッと抱きしめる。
「こうやって、抱きついていただろうが。」
 サッと表情を硬くした幸村は、囁くように小さく告げるのだ。
「・・・石田殿、寂しそうだったから。」
「はあ?あいつが、寂しそう?」
 あの鉄面皮のどこが?と言わんばかりに、政宗は至極嫌そうに顔を歪める。
「どこか遠くを見ていて・・・、だから、某、思わず抱きしめずにはいられなんだ。」
「・・・もしや・・・、豊臣秀吉か・・・。」
 政宗は喉の奥で呟くと、腕の中で上気する幸村の頬をチュッと音を立てて啄ばんだ。
「だから、某、石田殿を全力で慰めようと・・・。けれど、某がお・・・お、お、お慕いしておるのは、政宗どのだけ・・・で・・・あって・・・。」
「そっか・・・OK・・・、分かったよ。」
 顔中どころか耳まで真っ赤にしながら告げた幸村に、政宗は愛しさがぐわっとこみ上げてきた。
「政宗どの。」
「寛大な俺が、許してやるって言ってんだ。」
 誰よりも大事な幸村をぎゅうぎゅうと羽交い絞めにすると、熱っぽく耳元に吹き込む。
「俺も、あんたを、愛してるぜ、幸村。」
 そして、目の前で美味しそうに熟れている耳たぶを舐め上げた。
「ひいっ・・・っ。」
 直接的な刺激に、驚いた幸村は体を竦ませる。
「でも、あんたには、きっついお仕置きしてやらねえとな。」
 ニヤリと口の端を歪めて政宗は笑った。

TO BE CONTINUE…


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