[携帯モード] [URL送信]

小説
甦った、過去。
 夜の公園は、薄暗くて、こんなにも心細いものだったのか。
 鞄を小脇に抱えたまま、幸村は凍てついたベンチに中腰っぽく腰を下ろし、忙しなくここに来て何度目かの時計を確認する。
――8時、15分前か。
今度こそ、言わないと、いけない。
 政宗から食事に誘われたのは心が躍るほど嬉しかったのに、今自分が抱えている問題を思うと、幸村は、また表情をどんよりと曇らせる。
上着の内ポケットから、四等分に畳まれた味気ないA4のコピー用紙を取り出す。かさかさと音を立ててそっと開き覗き見ると、そこには、幸村の今後が、これまた味気ないパソコン字で記されていた。
こんな紙切れ一枚が、自分のこれからを大きく左右する、事実。
 これを渡されたときは、絶望感と虚無感に、うちひしがられたものだ。
―――けど、これが、俺の運命。
 張り裂けそうに胸がいっぱいになって、たまらず幸村は堪えるように下唇を噛む。
自分がしてしまったことへの代償は、自分で払わないといけない。
―――それなのに、それなのに俺は、彼と一緒にいたいんだ・・・。
 刹那。
 突然、断末魔のごとき悲鳴が、静寂を切り裂く。
 物思いにふけっていた幸村はビクンと体を大きく震わせると、現実に無理やり引き戻され、声がしたほうへ体ごと振り返る。
―――何っ?人?
 必死に目を凝らすと、少し離れた暗闇の中、蠢く2つの影。
 か細い外灯の光の下、若い女性が男に後ろから羽交い絞めに押さえ込まれている。空中で、キラリと何かが不気味に光った。女性は抵抗するようにじたばたと四肢を動かすけれど、男の力で完全に封じ込まれている。
「助けてっっ、助けてえっっ、誰かっ、誰かああっ!!!!!」
「うるせえ、静かにしろっ!!」
「何をしてるっっ。」
 脳が何かを考え指令を与える前に、体が条件反射で動いていた。なりふり構わず幸村は、2人に駆け寄っていた。
「なんだっ、おめえっっ。」
 突然降ってわいた幸村に男が怯んで力を緩めた隙に、引き剥がすように女性を男から解放する。そして目にも留まらぬ速さで、2人の間に割り込むと、女性をかばう風に後ろに隠し盾になる。
「この野郎っっ。」
「・・・・っ。」
 逆上した男は、持っていたものを天に振り上げた。
外灯の元、光に映し出されたそれは、ナイフ。
鈍く光っていた正体は、これだったのだ。
「死ねえええっっ。」
「・・・・っ!」
「キャアッ。」
 女性を助けるのが精一杯で、躊躇無く自分めがけて振り下ろされた凶器に気づいたのが遅すぎた。幸村は後ろに彼女を庇ったまま、どうすることも動く事も出来ず、ぎゅっと目を閉じる。女性がきつくしがみつく力だけを、現実として、背中に感じたまま。
 ヒュッと、空間を切る音。
 身を硬くして、次に来る衝撃をただ待つしかなくて。
「・・・・・っっ。」
 けれど、襲ってくるはずの痛みも熱さも、何も、いつまで経っても、やって来なかった。
「キャアアアアアアアアア。」
 耳をつんざく女性の絶叫で、ビクッと身を大袈裟に揺らし我に帰る。
 ――――痛くない、痛くない、何故、なんで。
 恐る恐る目を開けた瞬間、視界に飛び込んできた風景は、あまりに信じがたいものだった。
 目の前で、彼が、スローモーションで、前のめりに倒れてゆく。
 その時間が、永遠のように、夢のように、感じられた。
「・・・・え・・・。」
 ドサッ。
 鈍く重い音を伴って、地面にうつ伏せで崩れ落ちた政宗が信じられなくて、放心状態の幸村は固まったまま、その場に立ち尽くす。
――――これは、何だ。
 自分たちの足元、地面が、みるみるうちに何かで赤黒く染まる。
――――これは、夢、夢なんだろ?
「あ・・・伊達、バイヤ・・・。」
 やっと、喉から音を出す事が出来た。
声は酷くしゃがれていて自分のものでは無いようだった。
「ゆき・・・だいじょ・・・ぶ・・・か?」
 吹き出す冷や汗が大量に滲んだ顔で、それでも政宗は、安心させようと、目の前の幸村に必死に笑いかける。
――――夢、否、
「なく・・・な・・・・ゆき、むら。」
 静かに一筋涙を零した幸村の顔へ伸ばした手が、ガクリと力尽きて、地面へと無造作に投げ出された。
「・・・・いああああああああああああああああ、」
 糸が切れた人形のごとく足元から崩れ落ちた幸村は、政宗の腹部からドクドクと扇状に溢れる血を元に戻そうと、栓をするように手は傷口へ置かれる。けれど、手は虚しく滑るだけだ。
 その5本の指に直に伝わる生々しい血のぬめりで、これが現実なのだと、思い知った瞬間。
 心が、ガラガラと音を立てて、壊れた。
「や、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだあっっ・・・っ。」
 喉から声がほとばしる。涙声が、悲痛さを伴って徐々に大きくなる。
 両手で政宗の微動だにしない体にすがりつきながら、幸村は泣き叫ぶしか出来ない。
「俺をおいてっ、」
――――また、離れ離れになるのか、あの時のように。
「いかないで・・・・くだされえっ。」
 
思い出した。思い出した、全部。
 全部、全て、記憶が戻った。
 とうとう、全部、思い出したのだ。
「い、やだ・・・・。」
 平常心を失った体は、唇は、わなわなと震える。
溢れる涙を、とめど無く流れるそれを、止める術を忘れた幸村は。
政宗を胸に抱いて、天を仰いで、叫ぶしかない。
「いやだっ、いやだあっ、死なないで・・・っ。」
――――政宗どの、幸村を、一人、おいていかれるのか? 
 この冷たい、凍てついた、世界に。


[*前へ][次へ#]

11/18ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!