[携帯モード] [URL送信]

小説
伝えられない、言葉の欠片。
 各商談室を仕切っているパーテンションの硬い板を2回ノックする音に気づき、見ていた書類から視線を上げる。そこには、壁に寄りかかり、半笑いの元親がいた。
「何。」
 政宗は同僚のその表情の意味が分からなくて、不審気に眼鏡の奥で目を眇めた。
「ん〜いやね、ちょっと、あなたに、お話が、あんだけど、さ。」
「ここで言えよ、時間ねえんだから。俺が寝る間も惜しんで仕事してんの、知ってるだろうが。」
 不機嫌顔で、人差し指で眼鏡の角度を直しながら、もう一度書類に視線を戻す。確認している書類は、初売の目玉「婚活福袋」の入荷までのスケジュール表だ。もう師走も半ば。うかうかしている余裕は無いのは、政宗の表情からも見て取れる。
「用があるのは、俺じゃなくて、真田君、なんですけどね。」
 さなだくん、のところに含みを持たせつつ、元親は後頭部をポリポリとかきながら言いにくそうに告げる。
「え?真田?話、俺?」
「ん、直接話したいみたいで・・・さ、」
「何だよ、はっきり言えよ。」
眉間に刻まれた数本のしわが、忙しいんだと、口外に告げている。
「いや、それは、俺からは言えねえや。やっぱ、本人の口から聞いて。」
 元親の顔から原因不明な苦笑は取れない。いつもの竹を割ったようなスパッと豪快な彼は無く、どことなく何か奥歯に何か詰まったような雰囲気を醸し出している。
「分かったよ。」
行けばいいんだろ、行けば。政宗はそうため息交じりに告げながら書類を閉じて、元親へ体を向ける。
「で、その真田君は、どこだって?」
 元親は、立てた親指で天井を指し示した。

****


 北風吹きすさぶビルの屋上。こんな風の強い日、しかも体が急速冷凍されそうな真冬に勿論、大都会の真ん中の、この極寒の地に他に人はいるわけもなく、屋上に繋がる重い扉を押し開くと、そこには、待ち人である彼のどことなく丸まった背中しかなかった。
「真田。」
 名を呼ばれた瞬間、幸村は強風に乱される髪を右手で押さえながら振り返った。
 前回会ったときのような、人生を諦めたかのごとき絶望感はその体から消えていたが、それでも未だに表情は冴えない。幸村特有の、政宗が密かに焦がれた、いつもの笑顔はどこか遠くに消えうせていた。腕組み姿の政宗は、溜め息を一つ零す。
「・・・何、話って。」
「あの、あのっ、この前は、ご迷惑をかけました。」
 ガバッと勢い良く頭を直角に下げながら、足元を見たままの幸村は告げた。
「別に、いいよ。そんなこと、気にすんな。」
「・・・・・。」少しだけ伺うように顔を上げた幸村は、何か言いたげに何度も口を開くけれど、何に躊躇するのか、その次の言葉が出てこない。それに少し痺れを切らした政宗は、静かなトーンで幸村に問うた。
「話って、それだけ?」
踵を返そうとした政宗を、幸村は呼びとめる。
「・・・あのっ。」
「何?」
 必死の形相で両手を体の前でしっかり握って、意を決するけれど、やっぱり言葉は徐々に尻つぼむ。
「じゃあさ。」
 苦笑を漏らした政宗は、眼鏡を外しスーツの上着のポケットにそれを入れながら、幸村との距離を縮め、項垂れる彼の肩をポンと叩く。
「俺も、あんたに大事な話があるから、仕事が終わってから、外で会わないか?」
「お、俺に、話、ですか?」
 逆に政宗にそう切り出されて、幸村は大きな目を丸くして、更に大きくする。
「飯でも一緒にって、誘ってるんだけど、俺とは嫌か?」
 間髪いれず、ぶんぶんと音がなるくらい、幸村は首を左右に振る。
「じゃ、いつもの公園に・・・8時くらいで、大丈夫か?」
 政宗は今の時間を腕時計で確認しながら、肩に手を置いたまま、至近距離の幸村に笑いかける。
「っ・・・はいっ。」
 つられる風に、やっと笑ってくれた。
 華が綻ぶような、それを見届けて、政宗はこっそりと決意した。

 話したいことは、唯一つ。
 それは、俺は、あんたが、好きだってこと。
 好きだから、一緒にいてくれと伝えよう。
 ただ、それだけなのに、それだけを伝えるだけなのに。
こんなにも、胸が、高鳴って、苦しい。


[*前へ][次へ#]

10/18ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!