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小説
この真白い世界で。(佐幸です)
 その年の冬は、とても厳しく、とても寒くて。
素肌に触れる空気は、今にも刺しそうな棘みたい。
一歩外を歩くと、巨大な鉄筋製のビルや葉の抜け落ちた老木、長ひょろい街灯も、背中を丸めすれ違う人さえも、世の中が全て、凍りついているように感じとられた。
 そして、その寒冬の季節の中で、特に冷え込んだある日、雪の結晶は羽根みたく、ゆっくりと空中を漂い、地上へとふわり舞い降りてきた。キラキラと星の欠片が落ちてくるように、淀んだ辺りを輝かせた。
「さっむ〜。」
 とにかく何か言ってないと、顔の筋肉まで凍えてしまいそうだ。たまらず幸村は両掌に二酸化炭素が混じった息を思い切り、ふあーっと吹きかけた。
「ねえ、寒いって、しつこく言ったら温かくなるの?」
 さっきから「寒い」を連呼する幸村に対し、上辺では冷たいことを言った佐助だったが、この上なく優しい目をして幸村を見遣る。
 そういう佐助は一体全体、不感症なのか、まったくこの寒さにも物怖じしていない。格好も薄手のコートを羽織っているだけ。
一方の幸村は、過保護な佐助が準備したセーター、ダッフルコートにマフラーと、完全フル装備になっているはずなのだが、今年の寒さのほうが勝ってしまったらしい。
 かじかんで指先が赤くなっている幸村の右手を、包み混むように両手で握る。
「…言ってないと、口まで凍っちゃいそうだから。それより、佐助、雪だぞ、雪!」
 自由な片手を上げ、天に仰ぎ、幸村は一段と大きな声を出した。
 風景のいたる所に存在する、真っ白い冬の贈り物を前に、幸村は大きな子供のようにはしゃいだ。そして足元に屈むと、素手で雪に触れてみる。寒いを通り越して、爪先から痛みがピリリと食い込んでくる。
「ねえ、ちょっと。寒いんじゃなかったの。」
頭上で、呆れ声が振ってきた。
「寒いけど…楽しんだよっっと!」
 幸村は起き上がりざま、振り返ると、握っていた雪の玉を、佐助の声のする方向目掛け、勢いよく放り投げた。
「…!」
 バシッと、見事に決まってしまった。
 顔にクリーンヒット。あまりに見事すぎて、投げた当人が当惑気味に、被害者の佐助へおずおずと声をかけた。
「…だ、だいじょ…ぶ、か?佐助…。」
「…。」
 当たり所が悪かったのか、佐助が無言でへたり込んでしまった。その様子に、幸村はますます心配そうに眉毛をへの字にしてしまう。
「さす…ッ。」「お返しだッ。」
 本当に本気で心配になって、佐助の元へ駆け寄ってきた幸村に、至近距離で雪の制裁。
「やったなあ…。」
 と言いながらも、幸村は笑顔だった。
 つられて佐助も微かに微笑む。
 大人気無いと思いつつも、幸村のペースに乗せられて、佐助は突然始まった雪合戦に夢中になっていた。
 そして、開始十分くらい経っただろうか。
 温かいを通り越し、汗まで出てきた佐助は額の汗を手の甲で拭いながら、帰るタイミングを見計らって、幸村へと振り返ったその時。
一人、天をじっと見上げる彼に、眼を奪われる。
「あ…。」
 ふわりふわり降ってくる粉雪を浴びて。
 あまりに、綺麗に、儚く。雪と同化していた彼を。
「えッ…!」 
 思わず、ぎゅっと抱きしめてしまった。
「さ、さすけ?」
 このまま、この白い世界に消えてしまいそうで。自分の目の前から、忽然といなくなりそうで。たまらず、その体を全力で引き寄せ、自らの腕の中にグッと抱き込んだ。あまりの怪力に、すっぽりと懐に収まった幸村は苦しげに呻いた。
「ちょ…ッ、さ、すけッ…。」
「俺、嫌だよ。」
「何…。」
「旦那のいない世界なんて、嫌だ。」
「急に、何言い始めたんだ。」
「絶対、嫌だよ。」
 佐助は子供みたいに駄々をこね、ただ、嫌だ、と繰り返す。
「馬鹿、だな。」
 その発せられた佐助の声が、切なげで、必死で。幸村は躊躇いながらも、佐助の震える背中に腕を回した。そして、宥めるように手は上下に動いた。
「俺が、いなくなるわけないだろうが。」
「…そう、だよね。」
「ずっと、一緒だって言っただろ。」
「そう、だよね・・・。」
 そう、思いたかった。
 なのに、こんなに胸に漂う意味不明な不安。
 
少しだけ体を離してお互いの間に隙間を作ると、幸村の顎に手を添え、心持ち顔を上げさせて、唇を寄せる。その後の展開が読めた幸村は慌てて、近づいてきた佐助の口を右手で押さえる。むがっと佐助は指の隙間から鼻息を漏らす。
「ここ、外だろ。人が、来るかもしれないだろ。」
「来ても、いいよ。見られても、俺は平気。」
 左手は幸村の手首を拘束するように持って、右手は幸村の腰へ周り自分の方へ抱き寄せる。
「佐助・・・。」
 もう黙ってよというように、そのまま温度の高い柔らかい唇に自分の唇を押し当てた。

 ずっとずっと、この白い世界で、2人きりでいられたら、それでいい。
 自分の望みはそれだけなのに。
 他には、何も、いらないのに。

「大好きだよ。」
 ずっとずっと、大好き。


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