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小説
酸素を求めて、喘ぐ魚のように。
 そのまま腕の中で糸が切れた人形のごとく力が抜けてしまった幸村を、政宗は放置して帰るわけにも勿論いかず、自分の一人暮らしの部屋に連れて帰って、早1日が経った。たまたま次の日が土曜日の休みで良かったと、政宗は壁にかけてあるカレンダー横目に、ため息をついた。こんな病人、ほったらかしでなんて、仕事になんねえよ、と一人ごちて苦笑する。
 そう、幸村は、雨に打たれすぎて、案の定と言うか、自業自得と言うか、風邪をひいてダウンしてしまったらしい。
 ピピッと鳴った電子音に、掛け布団をまくり、幸村の脇から取り出した体温計を目で追って確かめると、40度近くもあって、大人が出す体温じゃねえなと、眉根を潜めた。
 顔中にある玉のような噴出す汗をタオルで優しく拭って、用意したひえピタをそっと額に貼る。その冷たさ加減に、幸村の眉が無意識に寄った。
 自分のベッドを占領している彼、ふうふう、熱い息を吐き出し、熱に浮かされている幸村を、ベッドの傍に腰を下ろしながら、政宗は見遣る。
(少し、痩せたかな。)
 汗で額に張り付く前髪を指で横に払いながら、そう感想を漏らす。
 ここに来て、まだ食事らしい食事をしていないんだ、当たり前といえば、当たり前。幸村が起きたら、おかゆでも作ってやるか。
 髪に戯れるように触れながら、そう考えていた政宗の手を、宙にあったその手首を、病人とは思えぬ強さで、突然、はっしと幸村は掴んだ。
「・・・どのっ、待って・・・、待って・・・くださ・・・。」
(夢に、うなされてるのか?)
 その力強さに、政宗は驚きを隠せず、幸村を凝視する。
「・・・俺・・・、を、置いて・・・いかない、で・・・、俺を・・・ひとりに・・・しないッ・・・・で・・・。」
 懇願するような声と同時に、閉じられた両瞼から、涙が溢れた。
 そのたどたどしい、小さな囁きが、聞き取れてしまった。
 その意味を脳で反すうして、政宗は、ぐわっと血圧が下がった気がした。
――――俺、何か、大切なことを、忘れている気がするんです。
 前に、幸村が言っていた言葉が脳裏を掠める。
(もしかしてそれって、幸村にとって、昔、すごく大切な人がいたってことじゃないのか。そして、まさしく今、夢で会っている人が、幸村の、大切な人・・・。)
 何故だか、憶測で、そこまで考えてしまって、政宗は、胸が吐き気をもよおすほど、締め付けられる気がした。
 何かを必死に探すように宙を彷徨う幸村の右手を安心させるみたいにしっかりと両手で握って、その体温があがった手の甲に、唇を押し付ける。

そこで、強く、強く、願ってしまった。願っては、ならないことを。
(思い出してくれるな、あんたの、大切な人なんて。俺以外の、大事な人なんて、一生、思い出すな。)
 呪文のようなそれを願ってしまった。
 

 高熱にさいなまれて辛そうな幸村以上に、政宗は辛そうに表情を歪める。
 今にも泣き出しそうに、今にも喚きだしそうに。
 そんな許されぬ願いと同時に、自分の中にある、綺麗とは正反対の感情、どす黒い嫉妬の固まりのようなものに気づいてしまった、気づかされてしまった。
(そうか、俺。)
 それは、至極、簡単な、応え。
「あんたが、好きなんだよ、幸村。」
 手の甲にあった唇は、汗だくの幸村の白い首筋に降りていって、しょっぱい汗を舌で舐め上げるようにうごめく。
「あんたが、俺を、好きじゃなくても、」
 くすぐるような、艶かしい舌先の感触に、幸村の体がびくんっと波打ち動く。
「俺以外の誰かを、好きでも。」
 そして、喘ぐように、酸素を求める魚のごとく、半開きな幸村の口に封をするように、唇同士を深く触れ合わせて。出したままの舌で、熱い口内を貪ると、自分の唾液で濡れそぼった幸村の唇をべろりと粘着質に舐め上げた。
「・・・ふっ・・・ふあ、・・・ふう・・・。」
 熱に浮かされた幸村の呼吸音を耳に入れながら、政宗は、自覚する。

 強く、激しく、魂が、あんたを欲してる。
 そう、強く。



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