小説
<3>
チュンチュンと鳥がさえずる。
誰もまだ足を踏み入れていない早朝の道場で、一心不乱に竹刀を振っている彼を見つけた。まるで、そこにいるはずの無い相手が、見えているかのように、気迫に満ちている。
天窓から差し込む朝の光を浴びて、漆黒の髪が反射しキラキラと輝いていた。まるで黄金の絹糸が、一本一本空気に触れて揺れるみたいだ。
「あ・・・。」
そんな彼の姿が、とても神聖な、触れてはいけないものに思えて。
幸村は体全体から力が抜けて、掌から持っていた竹刀が零れ落ち、床に落ちる。
すぐさま木材の床に、竹刀が数回バウンドした。その反発音は、静寂に包まれていた道場では、大げさに反響する。
突然の来訪者に、稽古に集中していた政宗は、肩を震わし驚いて振り返った。
「すみませぬっ。」
邪魔をしてしまった事に、慌てた幸村はすぐさま謝った。
「・・・・・。」
こちらに身体を向け、練習で乱れた息を整えながら、じっと幸村を見ている。幸村も、息を潜めて、その動向を伺う。
しばらくお互い見つめあったまま、時が止まったかのごとく、その姿勢で数秒経つ。
その均衡を破ったのは、政宗だった。
幾筋も流れ落ちる汗をタオルで拭い、きびすを返すと窓際に置いてあった荷物を乱暴に取った。
「あの、政宗どの・・・。」
意を決して声を出した幸村の声が耳に入ってないかのごとく、もとより幸村がそこにいないかのように、視線を合わしもせず、すぐ傍をすり抜けて道場から出て行ってしまった。
「え・・。」
後ろから、乱暴に戸が閉められた音だけが木霊する。
幸村は、振り返る事も出来ず、その場に立ち尽くした。
そして、目線を自らの指先に落とし、自分の異変に気づく。
何故だろう、5本の指が全部小刻みに震えていた。
―――そっけなく行ってしまったのは、政宗どのからのキスを、あんなひどい言葉で拒絶したことに、怒ったから?それとも、ただ単に、朝だから、機嫌が悪かった?
ぐるぐると頭の中は、なんとか納得できる理由を探していた。
―――きっと、今回だけだよ。きっと、声をかけたの、気づいてなかったんだ。
そのまま金縛りのごとく動けない幸村は、一生懸命、自分を安心させようと、納得させようとしていた。だけど、どんなに考えても、胸の鼓動は治まらなかった。
自分の中を流れる血。それと同じくらいの速さで、意味が分からない不安で胸がいっぱいになり、そして、張り裂けた。
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