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小説
ラブゲーム 後編
 2005号室。
 1,2センチ足が埋まりそうなほどふかふかのカーペットを、土砂で汚れたスニーカーで踏みしめながら、その問題の部屋まで辿り着くと、重厚な扉の前で一旦立ち尽くす。

 ここで躊躇していても無駄だと、一か八か、幸村はカードキーをはめると、思い切り力任せに、扉を開けた。
「遅かったな。」
 ―――!?
 眼に、否応が無しに、グッと力強く飛び込んできた世界。
 幸村の頭の中は、待ち人に声を掛けられても尚、意識が真っ白になったまま。
「何、ぼんやりしてんだよ。」
「何…、何なのだ、これえ。」
 幸村の声は、あまりの驚きに語尾が裏返っていた。これは幻覚かと眼を何度も擦ったが、現状は変わらない。
 部屋中が、赤かった。
 別に壁が赤く塗ってあるいやらしい部屋というわけじゃなく。紅い花で所狭しと埋め尽くされていたのだ。真紅のバラ、ゆうに千は超えている。
「何のつもりで?」
「今日、誕生日だろ?」
 政宗はその中の一本をとり、幸村の目前に差し出した。その気障っぽい仕草が、彼に、あまりにしっくりくる。
「もしや、俺の…?」
 口元に手をやり、幸村は思い出したように呟いた。
「…あんた…。」
 眉根を顰め、心底呆れ顔で、政宗は声を濁す。
「完全に忘れていたでござるっ。」
 政宗はその幸村の言葉に無意識にだろう、破顔して、戸口で固まっていた幸村の手を引いて、部屋に招き入れる。高級ホテルの中でも、群を抜く豪華な部屋だった。貧乏性な幸村は、落ちつかないほどにだ。そして、壁一面をとった大きな窓から、映画館のスクリーンで見るみたく、東京の夜景が一望できた。女の子ならイチコロなロケーションというべきか。
「だから、一緒に飯でも食おうと思って、ココを予約しといた。で…。」
 飯って、ラーメンとかで?
幸村がそう思ったのも束の間、部屋のインターフォンが心地よく鳴って、政宗が入り口へ一旦消える。そして、戻ってきたときには、これまた非常に吃驚してしまう人を携えていた。
 礼儀正しく挨拶をされた初老の外国人の方。コックさんの格好だと思ったら、この高級ホテルのレストランのシェフだそうだ。
 銀製のお皿にご馳走が乗ったワゴンを、ゴロゴロとシェフの手下の方々が数人がかりで押してくる。
 ―――嘘、だろう?
 幸村は心の中で一言。
 あまりに想像を絶している。
「腹いっぱい食えよ。」
 政宗はご満悦な笑顔で、そう言った。


 夢のような(悪夢?)空間。
 緊張で味も分からないくらい、豪勢な食事。
 
「よかっただろ?」
 最後のデザートが登場し、ディナーがひと段落つくと、手際良く後片付けを済ませ、シェフの一団が去っていった。二人きりになって、政宗の第一声はこれだった。
 幸村はナプキンで口元を拭うと、複雑な表情で、政宗を見やった。
「…それは俺のためにココまでしてもらって、ありがたいと思う・・・だが…。」
 イチゴのコンポートをつつきながら、そう告げる横顔があまり嬉しそうじゃないので、政宗は詰め寄った。
「だが?」
「ここまで、お金かけてもらって申しわけなくて。」
「別に、気にすんな。」
「俺が気にするのだ。」
 おもわず語尾が荒くなってしまった。凶器のフォークを持つ手を隠す。
 政宗どのは何か勘違いしてる。お金かければ、人が喜ぶと思っているのか。
「これでは、心苦しすぎて・・正直、あまり喜べぬ。」
 ここははっきりと言うべきだと判断した幸村は歯に衣着せぬ言葉で、内心を表した。
「じゃ…、どうすりゃ、いいんだよ。」
 過去、自分を取り巻いていた人間は、金をかければかけるほど、馬鹿みたいに喜んでいたのに。大好きな、子供みたく無邪気な幸村の笑顔が見れなくて、どうすればいいのか皆目見当がつかず、政宗は心底困ってしまう。
「あんたが、本当に喜ぶことしたかったんだ。」
「ばかでござる。政宗どのは勉強は出来るくせに、大事なとこが抜けているでござる。そんなの、最初に、そう言えばいいのに。」
 本当、俺以上に、馬鹿な世間知らずなおぼっちゃまだ…。
 ―――でも、でも、そこが…。
 幸村は、思案し下を向いてしまった政宗の、テーブルに預けていた手を、ふいにそっと重ねるみたく握った。
「俺は、別に、学校近くのラーメン屋でも、マックでも良かったのだ。」
「…。」
「政宗どのが、一緒に祝ってくれるのなら。」
 顔を上げると、目の前に、大好きな微笑み。
政宗は、たまらなく愛しい気持ちを抑え切れず、幸村をその腕の中にきつく抱きしめた。幸村は慌ててフォークをテーブルに置くと、抱き返す。
「次からは、こういうのは無しでござるからな。」
 お互いから甘い匂いがプンプンしている気がするのは、きっと砂糖たっぷりのデザートのせいだけじゃない。
「じゃ、俺がプレゼントで。」
 政宗どのはどこかのHな彼女か?
 笑いながら、幸村は冗談っぽく付け加えた。
「絶対、リボンつけてきてくだされ。」
 




 あ、今更ながら、気づいたけれど、
 紅い薔薇の花言葉は、愛だ。



終わり


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あきゅろす。
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