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小説
夢みるように愛したい。
どくん、どくん。
鼓膜の近くで、自らの心臓の鼓動が聞こえる。その波動は、不規則で早鐘のように打っている。縦に体を縦断するように出来た腹の大きな傷口から、鮮血が体内から凄い勢いで我先に逃げ出してゆく。
カチャリと刀が鞘に収められる無機質な音が、やけにはっきりと判別できた。そして、その音の発信源の彼はうつ伏せに倒れてピクリとも動けない自分の傍にゆっくりと寄ってきて、そして、ぐったりと人形のごとく力を無くした俺の上半身を抱き上げる。俺の血で汚れるのもいとわず、彼はぎゅっとその身を摺り寄せるみたく密着させた。
急速に体温が下がってきて、意識が靄のかかったように朦朧としてくる。
そこでやっと、自分がもうすぐ死ぬのだと気づいた。
正直、死ぬのは怖くない。こんな殺伐とした世の中。そして自分の役目。こんな日が来る事は最初から覚悟が出来ていた。けれど・・・。
ぽたり、と、不意に、頬に生温かい感触。
それが、彼の涙だと気づくまで、少しの間が出来た。
彼が人前で泣くなんて、そんな事実が信じられなかったから。
頬に流れる一筋の透明な涙。今まで見た中で一番、綺麗に泣く人だと思った。凛とした美しい彼には、不謹慎にも似合っていると、ぼんやりと客観的に思った。
でも、この胸の痛みは我慢しがたく。
えぐられた傷口よりも、その奥深く、核の部分が、しくしくと鈍く痛む。
(俺のために、そんなに、泣かないで下され。)
声に出して、それを彼に伝えたい。
けれど、声が掠れて、喉からは、ただ意味を持たない荒い息しか漏れない。俺は力なく微笑むしか術が無いのか。
 (死ぬ俺より、なぜ貴方が、そんな人生終わったかのような、悲しい顔をするのだ。)
「生まれ変わっても、あんたを見つけるよ。どんなに姿が変わってしまっても、俺は、あんたを探し出してみせるから。」
 綺麗にはらはらと泣きながら、濡れそぼった頬を俺の氷のように冷たくなってきた頬に寄せながら、彼は必死に俺に訴えてくる。それを聞きながら、俺は、最後の力を振り絞って、彼の手に手を伸ばし、添えた。
「誰よりも、愛してる。」
 彼は、俺の体内に言霊を直接吹き込むみたく、優しく柔らかく触れるだけのキスをした。 
「だから、だから、俺を忘れないでくれ、幸村。」
 頬に落ち続ける水の温度が、とうとう分からなくなって。
 とうとう、大好きな彼が、見えなくなってくる、恐れていた瞬間がやってくる。
 自分が死ぬのは怖くなかった、けれど、彼と離れるのが、こんなにも辛いものなんて。
 

(忘れない。絶対。忘れないから。)
 
(だから、笑って。)

(俺の、大好きな、大切な人。)


**********

「・・・どのっっ。」
 ガバッと、反射的に布団を蹴り上げ、ベッドから飛び上がるみたく起き上がる。
ハアハアと激しく酸素を貪るように肩を揺らして呼吸を整える。寝汗をかいていたのか、パジャマ代わりのTシャツが色を変えてしまうほど、ぐっしょりと濡れていた。
 少し冷静になろうと、幸村は顔を両手で覆った。
(まただ。また、あの例の夢だ。)
幼いときから、繰り返し見続ける夢。
 どんな内容だったのか靄がかかったように、鮮明としていない夢。
 けれど、起きると胸苦しくて、胸を掻き毟りたくなるほど切なくて。
 全てを見せないくせに、思い出せと理不尽に、それは幸村に訴えかけてくるようだった。
 




思い出したい。けれど、思い出すのが、怖い。
思い出してしまうと、俺が、俺でなくなってしまう気がするから。


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