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小説
<11>
 息を殺して布団にもぐり、自室を通り過ぎる事を祈っていたが。けれど、足音は、願いもむなしく、幸村の部屋の前で、ぴったりと止まり。
 壁を突き破るかと思うほど激しい音を立てて、ドアは開け放たれた。
 案の定、政宗は、そこに立っている。
「どういうことなんだよ。これは。」
 第一声は、嵐の前の静けさのごとく、茫然自失の声。
「政宗。」
「まさむねどの・・・っ。」
 心臓が止まったかと思うほどの、ショックを隠せない。
もう、完全に終わった。
幸村は、目の前が、脳内が、真っ白になった。
何もかも、終わり。
もう、もう終いだ。
今まで見たこともない鬼のような形相で、政宗はこちらに近づいてくる。
「ちょっと政宗、これは・・・。」
 動かない幸村を後ろに庇おうとする慶次を、政宗は右手で押しのける。
「うるせえ。」 
 政宗の目線の先には、固まって動かない幸村しか映っていない。
「政宗・・。」
「俺はこいつに話しがあるんだ。お前は出て行け。」
「話を聞いてくれよ。」
 やっとそこで政宗は慶次を見る。その視線は、今にも噛み付きそうなほど、攻撃的なものだった。
「出て行けって言ってるのが聞こえねえのか?俺は今、気が立ってる。言うとおりにしたほうが身のためだぜ。」
「・・・分かったよ。」
 ふうと深いため息をついた慶次は、埒が明かないと察し、幸村が気になりながらも、その場から去ってゆく。
 パタン、と入り口のドアが静かに閉まって。
 残ったのは重い苦しい空気、本当はたった数分なのに、気が遠くなるほど長い長い静寂。
 その均衡(きんこう)を破ったのは、政宗だった。
「これ、羽織ってろ。」
 見るに耐え切れない状況の幸村を、もうこれ以上眼前に晒したくなかったのか、政宗は自分の着ていた上着を脱ぐと、彼の前にずいっと差し出した。
 そして、とりあえず落ち着こうと、髪をかき上げ、政宗は深く深呼吸する。
「幸村、これは、どういうことだ。俺がいないところで、男連れ込んで・・・あんたが、そんなやつだったなんてな。」
 語尾は荒く、最後、はき捨てるように言い放つ。
「この俺を裏切ったんだ。こんな一番酷いやり方で。」
 幸村に突き刺さる、軽蔑の瞳。言葉は諸刃の刀だ。
「俺は、あんたを、信じていたのに。」
 怒りのやり場がない政宗は、白壁を拳で殴る。
 声を発さない幸村に、歯がゆさを感じてたまらない。
「あんた、慶次と付き合ってたなんてな。」
「違う・・・・っ。」
 搾り出すように、それだけは言った。
 今にも泣き出しそうな幸村の顎を持ち、無理やり上を向かせ、眼を合わせる。
「じゃ、なんだよ。あんたは好きでもないやつとこんなことするのか?そんな人間だったのかよ。それに、あんたが、慶次とラブホに入ってくとこを見たって、噂になってるぜ。」
「っっ。」
「それに、最近あんた、うちのと違うシャンプーの匂いさせてたな。」
「・・・それは・・・、政宗どのが、俺のせいで・・・。」
「ここで、なんで俺が出てくるんだよ。」
 話が噛み合わないことに、政宗の苛立ちは最高潮に高まる。幸村の顎を掴んだ手に壊しそうなほどの力がこもる。幸村は、鈍い傷みから眉根にしわを寄せた。
「俺のせいで・・・、留学が駄目になったと聞いて・・・。」
「なんだって?」
「俺の高校入学のために、政宗どのが留学できなくなったと聞いて、それで、なんとかしたくて。」
「・・・え・・・。」
 政宗の表情が、みるみる怒りだけから、驚きに変化してゆき、幸村の顎を持つ手を緩めた。
「そのために、お金を作りたかったから。お金を作って、それでなんとか政宗どのが留学出来るのならって思ったから。慶次どのに頼んで、モニターのバイトを・・・っ。」
「モニターって?」
 幸村はそれを口にするのも躊躇(ためら)ったが、顔を真っ赤にして、とうとう白状した。
「大人の・・・っ大人のおもちゃを試す仕事でござるっ。」
「はあ?なんでそんなバイトを引き受けたんだよ。」
「早くっ、早くお金を作りたかったから・・・。」
「あんのやろう・・・。幸村になんてバイトやらせてんだよ。」
 慶次が出て行ったドアを恨めしげに睨み付ける。  
「あいつ、やっぱりあとでしめる。」
 そう言いながら、未だがっくりと下を向いたままの幸村の肩に、手を添えた。
「ごめんな。俺のために体張ってくれてたなんて・・・。俺は、あんたが慶次とつきあってんのかと思って、カッとなって・・・本当に勘違いして、悪かったよ。」
 幸村がやっと力無く顔を上げると、そこには切なく微笑む彼。
「でも、俺は、こんなこと、あんたにして欲しくないんだよ。」
 その笑顔が、幸村の壊れそうな心を、ますます締め付ける。
「あんた、それに俺になんで直接聞かなかったんだよ。」
「それは・・・。」
 自分のせいだと思って、聞きづらかったのだ。
「確かに、留学行きを、やめたのは本当だ。」
 政宗は、幸村の隣にドッカリと座る。
「けどな、あんた、一番大事なところ、間違ってる。」
「政宗どの・・・。」
「確かに、俺が留学をやめたのは、あんたのせいかもしれない。」
 刹那、チクンと幸村は胸が痛む。
「留学をやめた本当の理由は・・・、俺があんたと一緒にいたかったんだよ。」
「え・・・。」
「留学より、あんたの側にいることを、選んだんだよ。」
 信じられない言葉。幸村は自分の都合よく聞こえているのかと、耳を疑ったが、違った。
「俺は、ずっと隠していたけど。最初に会ったときからあんたのこと、好きだったんだ。家族としてじゃなくて、もっともっと欲深い感情で、あんたのことずっと見ていた。」
「え・・・。」
「でもあんたが、普通に結婚して幸せになるなら、俺はそれでいいって思ってた。」
 そう言って、政宗は、静かに苦笑した。
「いや、思ってたと、勘違いしてたんだ。」
 政宗は隣の幸村の髪に手を伸ばし、いつも通り優しく撫でた。
「さっき、あんたと慶次が抱き合ってんの見ただけで、体中の血が沸騰したかと思ったぜ。それぐらい許せないと思った。やっぱ、俺はあんたのこと、俺自身の手で幸せにしたい。誰にもやりたくねえよ。」
 こんなの、こんな幸せ、自分が貰って良いのだろうか。
 幸村は現実かどうか信じられなくて、頬を抓ってみる。
「そんな・・・っ、俺が、政宗どのを好きでも、いいのであろうか?」
「ばーか、良いに決まってんだろ。」
 政宗は幸村を、優しい愛で包むように、ぎゅっと抱きしめた。
「これからも、あんたと一緒にいたい。」
「俺も・・・っ。」
「好きだ、幸村。」
 政宗は、幸村の頬を両手で包み、おでこを合わせる。
「俺も・・・政宗どのだけ、ずっとずっと好きでござる。」
 綺麗な片目を瞼に隠した政宗は、幸村の唇に、焦がれるように触れた。


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あきゅろす。
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