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小説
<8>
「ありがとう。」
 茶色い封筒。中には五万円入っていた。
「明日も、バイトするよね。」
 幸村は自尊心がひどく傷つきながらも、小さく首を縦に振った。まだ髪の毛が乾ききっておらず、その拍子に雫が滴り落ちた。そんな扇情的な幸村に、慶次はたまらず、彼にもう一度、その温もりに触れたくなった。
「幸村・・・。」
 慶次は幸村のカッターシャツを直しながら、少し身を屈めて、立ちすくむ幸村に、唇を寄せてきた。幸村は反射的に、拒むように顔を横に背ける。
「駄目で、ござるっ。」
「なんで?」
「きっ・・・キス、だけは、残しておきたいでござる。それだけは・・・。」
 慶次は、幸村の濡れそぼつ、ほんのり紅色の唇を、長い綺麗な指でなぞった。その仕草に、まだ体内に残っていた欲の火種がじんわりとくすぶる。
 唇から頬へと、じわじわと長い指が滑る。
 灯りをつけない室内は仄暗い。そんな暗がりでも、慶次の寂しげな瞳は確認できる。
 そして、慶次は、今まで聞きたかった事を聞いた。
「ねえ、政宗なら、良いの?」
「―――政宗どのは、関係ないっ。」
 思わぬ問いかけに、幸村は声を荒げる。 
「そんなこと言って、分かるよ。」
 慶次の言葉が、とうとう幸村の核心に迫る。
「なあ、そんなに、政宗の事が好きなの?」
 眼を見開いた幸村は、ひゅっと息を呑んだ。
 自分の心を無理やりにこじ開けられてゆく、そんな感覚。
「そんな破廉恥な感情、政宗どのに対して持っておらぬ。政宗どのは、俺にとって、家族だから。・・・政宗どのにとって、俺は弟なのだから。」
「じゃあ、なんでっ、なんで・・・。幸村。」
 慶次の声が、信じられぬ事実を伴って届いた。
「なんで、泣いてるの?」
 泣いてる?
誰が?俺が?どうして?
「泣いてなんかっっ。」
 幸村の黒目がちな眼の端に、壊れ物を扱うように、慶次はそっと人差し指を触れさせた。
すると、透明な雫が一粒。
「幸村、政宗の名前を聞くたびに、今にも泣きそうな顔してた。」
「・・・そんなっ。」
「泣くほど、政宗が大事なんだろ?それを、好きっていうんだよ。昔から、そう初めて逢ったときから、幸村の心の中は、いつも政宗だらけだ。他のものが付け入る隙もないほど、それぐらい好きなくせに。なんで認めないんだよ。」
 追い込まれてゆく、もう逃げられない。
 幸村は、しやがれた声を、やっとこさ絞り出す。
「違うっ。」
「違うわけない。俺は、ずっと幸村を見ていたんだ。幸村自身以上に、幸村のことを知っているんだよ。幸村は、最初から、会ったときから政宗が好きだったんだ。」
「好きなんかじゃないっ。」
 幸村は静かな室内に響き渡るほど、大きく叫んでいた。
「そんなのっ。そんなの、俺が思っちゃ駄目なんだ。」
 とめどない涙が、滝のように幾筋も頬を伝っている。
 幸村は顔をいかがわしい天井に向けて、必死に堪えようとしている。
「じゃないと、傍にいられない。政宗どのの、いつまでも傍にいたかったから。弟としてで、いいから、ずっと・・・っ。政宗どのにとって一番にならなくて良いから、それでも、傍にいたかったから。」
「好き」なんていったら、全部儚く壊れてしまう。
 大事なものが、ガラクタのように壊れてしまう。
 何より大切にしているあの場所を、失ってしまう。
 涙をしゃくりあげ、小刻みに震える幸村の身体を、慶次は、すっぽりと包み込む。
「そんなの、幸村が可哀想だよ。」
心が悲鳴を上げて泣いているのに、
何故、我慢するの?
自由に生きるのは、そんなに罪なことなの?
「じゃあ、俺にくれる?幸村を全部。俺が幸村を大切にするよ。俺なら決して、寂しい思いをさせたりしないから。」
 幸村をかき抱き、その良い香りのする髪の毛に、愛しげに唇を寄せる。 
「俺は、ずっとずっと、幸村が好きだった。政宗を好きな、不器用な幸村を、全部全部ひっくるめて、大好きだよ。」
子供のように泣きじゃくる幸村は、もう抗うことなく、その胸に身をゆだねていた。 
「ほんと、幸村、大好き。」
そして、慶次は幸村の身体を、その身がしなるほど、強く強く抱きしめた。


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