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小説
<3>
「ごゆっくりどうぞ。」
 ウェイトレスの後姿を見送ると、幸村は早速チョコパフェの天辺にあったウェハースにクリームをつけて食べた。想像通りの美味しさに、頬も心も緩む。
「でもビックリしたよ。まさか人々が往来している場所のド真ん中で逆ナンパされて困っているのが、幸村だとは思わなかったからな〜。」 
 からかうようにそう言うと、慶次は豪快に笑った。
「本当にかたじけない。変なところを見られてしまった。」
「いいよ、いいよ、幸村が無事で良かったよ。あのままホテルに連れ込まれていたかもね〜。」
「ええええっ。」
「冗談だよ、冗談っ。幸村、相変わらずだな〜。」
 慶次は泣くほど可笑しかったのか、目頭を指で押さえている。
「それより、懐かしいな、いつ以来だっけ?近所に住んでて、一緒の剣道場に通ってて、で、俺が中学入学と同時に隣町に引っ越して、確か、それ以来だよね。」
「ええ、懐かしいでござるな。慶次どのは、道場の中でも政宗どのと同じくらい強くて・・・。」
「ああ、ダメダメ、実はてんで適わなかった、あいつには。」
白旗を揚げるかのごとく、ひらひらと慶次は掌で仰ぐ。
 幸村の、遠い遠い、頭の片隅にある記憶。でも、いつまでも色あせる事のない大切な思い出。自分の心の奥深くに仕舞ってある宝箱のようだ。
マンモス団地の真ん中にある古く由緒ある武田道場。そこで、幼い幸村は、慶次と、そして政宗と出会っていた。
カラン、と氷とグラスが触れ合った音が、耳に心地好い。
「幸村のご両親の事も、実はつい最近聞いた。ごめんね、一番辛いときに傍にいてあげられなくて。」
 微笑んだ幸村は、首を力無く横に振る。
 やっと、その時のことも、平常心で思い出せるようになった。あの忌まわしく、悲惨な事故。
 激しい雨の中、高速道路でスリップし、対向車線からはみ出したトラック。ぶつかられた普通自動車は、跡形も無くスクラップされた状態だった。
 両親も兄もその交通事故でいっぺんに亡くした。助かったのは、後部座席にいた自分一人。あの頃は、一緒に死んでしまったほうが良かったと何度も思った。助かった自分の強運を呪ったものだ。
 黙りこくってしまった幸村に、慶次は申し訳なさ気に、声のトーンを落とす。
「ごめん、辛い事、思い出させた。俺、本当デリカシーが無いというか・・・。」
「いや、もう平気だから、大丈夫。それに、政宗どのが、よくして下さったから・・・。」
 慶次は、無意識にしているのだろう、アイスコーヒーをストローでくるくるかき混ぜている。グラスの周りには、涼しげな水滴が光っていて、反射して綺麗だ。
「政宗か・・・。」
 慶次は、そう口の中で一言つぶやくと、眼を閉じる。目のふちを埋める長い睫が揺れた。
「政宗の情報は、いやがおうでも、隣町のうちの大学にいても入ってくるよ。なんか、大学でも、あいつ、モテモテらしいね。いっつも美女を取り巻いているって、いやー、ホントうらやましい限り。まあ金持ちで、あの顔だからな。彼女の一人や二人いてもおかしくないよなあ。」
 大げさに不貞腐れてみせる慶次も、確実にもてる部類に入ると思うのだが・・・。
「そうで、ござるか。」
 もうかれこれ五年も一緒に住んでいるのに、自分の知らない政宗がいる。幸村は一抹の寂しさを覚えていた。
―――どんな彼女なのだろう。きっときっと、政宗どのにお似合いの美人なんだろうな。
 幸村は、想像しながら、目まぐるしく人が行き交う外の景色を、ぼんやりと眼に写す。
「わっ幸村ってばっっ、クリーム、垂れてるよ。」
 慌てた幸村は、指についたチョコクリームを人差し指ごとパクッと口に含む。そんな幼い幸村の仕草を、前に陣取る慶次は、とても穏やかな表情で眺めている。
「ねえ、政宗のことなんかより、幸村はさ、彼女いないの?」
 色恋沙汰に興味津々の慶次は、ズズイっと身を乗り出して聞いてくる。
「えええええっ。」
 すると、恋愛とか女性の話題に免疫のない幸村は、分かりやすくうろたえ始める。みるみるうちに、幸村ゆでだこの出来上がり。
「そんな破廉恥なっっ。」
「でもそんなこと言って、もう高校生だよ〜。好きな女の子とかいないの?」
「・・・いないでござる。」
 パクパクと落ち着かないふうで、幸村はバナナを口いっぱいにほおばる。あまりに口の中につめ過ぎて、むせてしまい、幸村は身体をくの字に折り曲げ、激しく咳き込んだ。
「あーあ、大丈夫?あ、もしかして、政宗に遠慮してる?」
「そんなことはござらんっ。逆に、政宗どのは応援してくれててっ。俺に彼女が出来たら、自分に一番に紹介しろと・・・。」
「なんだ、それ―、あいつは幸村の親父か?」
 あちゃーと、慶次は右手で頭を抱えた。
「恋愛は自由だよ。誰にも指図できないよ。幸村も、もっともっと恋をしなくちゃ。」
「恋で、ござるか・・・。」
 慶次はうんうんと頷き、そして、何かを不意に思い出したようだ。
「政宗・・・、そういえば、政宗ってば、最近大変だったって・・・。」
そこまで言って、慶次は、ヤバイという感じで、ハッと口を押さえる。
 聞き逃さなかった幸村は、慶次に詰め寄った。
「政宗どのが、何でござる?」
「何でもないよ。最近、政宗、元気そうかなって。」
 胡散臭い満面の笑み。慶次は食い入るような眼差しの幸村から目をそらし、コーヒーをわざとらしく飲んでみたりする。 
「慶次どのっっ。」
 もどかしさを抑えきれない幸村は、慶次の両腕を持ち、自白を促すように、身体を数回揺すった。
「う-ん、でもね、幸村は、きっと聞かない方が良いと思うんだ。」
「お願いでござる。俺、すっごい聞きたいでござるよ。」
 真剣そのものの幸村の顔を、チラッと横目で見る。
「じゃ、言うけど、幸村、後悔しない?」
「後悔しない、で、ござるよ。」
「政宗さ、将来医者志望だろ?今の大学だって医学部だ。そのステップアップのために、教授の勧めで、来年、海外に留学するはずだったんだって。」
「ええええっ。」
 それは、青天の霹靂。全くの初耳だった。
クラシックが流れる優雅な室内全体に響き渡るほどの、大きな声を出してしまう。
「幸村、他のお客さんの邪魔になるから。」
 恐縮した幸村は、とりあえず自分の席にそそくさと戻った。
「でもね、ある理由があって、留学費用が用意できなくて、お釈迦になったんだって。」
「その理由は?」
「それが、言いにくいんだけどなあ・・・。」
「慶次どのっ。ここまで言ってそれは無いでござる。」
「だから、それは・・・。もうっ・・・。」
 まだ理由を言うのに躊躇していた慶次だったが、観念したのか幸村の顔を見据え告げた。
「幸村がいるからって。」
「え?」
 勢いよく頭から冷水を浴びせかけられたような、激しいショックだった。幸村は、大きな眼をますます大きく見開いた。
 慶次は、腹の底から絞り出したかのごとく、深いため息をつく。
「留学には何十万もお金が必要なんだよ。幸村を引き取るためには、幸村にかかるお金は全部政宗がバイトしていて稼ぐ、政宗の親と交わしたのは、そういう条件だったらしい。で、幸村の高校入学にかかる資金のために、先に出た留学費用として親から渡されたお金を使った・・・という噂。あくまで噂だからね。」
「・・・そんな・・・。」
 続く言葉を失う。
 自分が迷惑をかけている、それは十分分かっていた。いつか恩返しが出来たら、と、思ってた。けれど、ここまでのものとは・・・。
 ごくりと、幸村は、生つばを飲み込む。
「まあ、実際の諦めた理由は分かんないけれど、留学話が合って、それが駄目になったのは、本当だよ。」
「留学費用って、何万、くらい。」
「そうだな、まず初期費用で五十万くらいかな?」
「・・・そんな・・。」
 俯いて動かなくなった幸村に、慶次は優しく声をかけ、うな垂れる彼の肩に、励ますように手を置く。
「聞かない方が良かったよね。俺ってば口が軽すぎだ。本当に、ごめん。」
 下を向いたまま、幸村は呟く。
「どうにか、ならないだろうか・・。」
「幸村。」
「どうにか、ならないであろうかっ?」
「そうだね・・・。」
 必死に問う幸村に、慶次は思案するふうに、目線を宙に浮かせる。
「そうだ、無くも無いけど・・。」
「何でござるっ?」
 喜び勇んだ幸村は、身体を前のめりにさせる。
「手っ取り早くお金を作る方法を知ってる。貯まったそれを、政宗に渡せば、今ならまだ間に合うかもしれない。」
「お金を作る方法?」
「辛いかもしれないけど、大丈夫?」
「大丈夫って・・・?」
 意味が分からない幸村は、いぶかしげに眉根をひそめる。
「それは・・・。」
 ―――説明はこうだ。
 慶次の兄はコンドームの元であるゴムを作っている会社で商品企画の部署に勤務している。コンドームとは別にその会社では、いわゆる大人のおもちゃを作っているというのだ。その試作品のモニターをすれば、かなりの報酬を貰える、という。
「それを、してくれる?」
「モニター・・・。」
「平たく言えば、幸村が自慰行為をしているところを見せてもらえれば良いんだけど。もちろん、知らない人に見られるのは恥ずかしいだろ?だから、俺がビデオで撮ってあげる。実際は、俺が頼まれていた仕事なんだけどね。一回につき、五万円くらい。どうかな?悪い話じゃないだろう??」
「そんなのっっ、破廉恥すぎるっ。無理でござるっ。恥ずかしくないのでござるかっっ?」
「しっ、また声が大きいよ。」
今度こそ、左手で幸村の口を覆った。
「男同士だから別に恥ずかしくないと思うけれど。別に、本番行為があるわけじゃないし。」
 ぐるぐると慶次の言葉が、脳内を回っている。
「幸村、政宗のためにお金を作りたいんだろ?手っ取り早くお金稼ぐにはもってこいだと思うけれどな。」
 幸村の両肩に手を置き、諭すように慶次は続けた。
「幸村は政宗のために、なんとか力になりたいんだろ?」


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あきゅろす。
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