小説
<2>
約束五分前に着いていた幸村は、駅前の大きなファッションビルの前で、居心地悪げに人待ち顔で立っている。
実はどうも人ごみが苦手だ。人が沢山往来しているのに、こんなにも人がいるのに、何故か逆に孤独を感じてしまう。
寂しげに俯いた幸村は、携帯電話を握り締め、世話しなく何度も開けたり閉めたりを繰り返し、待ち人が現れるのを今か今かと待ちわびる。
「幸村、お待たせっ。」
聞きなれた声でつられて顔を上げると、雑踏の中でもひときわ目立つ長身の彼。時間きっかりに来たのに、幸村の姿を見つけると、律儀に、急いで人を掻き分け駆け足でやってくる。
「慶次どの。そんなに待ってないでござるよ。」
「ううん、俺が頼んできてもらったんだから、先に着いておくのが礼儀ってもんだよ。だから、幸村、ごめんね。」
慶次は胸の前で両手を合わせて謝る。
「さあって、まずはどこに行く?とりあえず、お茶でもしようか??」
自然な動きで幸村の肩を抱き、慶次は慣れた感じで、エスコートする。
「慶次どの、バイトの件なのだが・・・。」
「いや―、幸村が決意してくれて良かったよ―。俺もあんなバイト、他に頼める人がいなくてさ。」
「・・・。」そう先手を切って言われてしまうと、何も言えず口ごもる。
本当は、まだ心積もりが出来ていなかったりするのに。
「せっかくの、原宿デートなんだしさ、まずは映画でも見ようか?幸村にオススメの恋愛映画があるんだよ。」
「デートではござらんであろうっ。」
「ありゃりゃ残念、ふられちゃったかな。でも、お昼前だし、まずはランチにしよう?幸村が好きそうなスウィーツがあるお店があるんだよ。ほらっ、いこう、いこうっ。」
ぐいぐい腕を引かれ、幸村は半ば強引にカフェへと連行されていった。
嗚呼、何故、こんなことに。
あれは、そう、一週間前にさかのぼる。
****
部活を終えた幸村は、家路につくため小走りで繁華街を歩いていた。
突然耳に飛び込んできたのは、行く手を阻む声。
「すみませんっアンケートに答えていただきませんか?」
雑踏の騒がしさにかき消されそうなほど儚く、女の子の声が後ろの方で聞こえた気がした。自分に声をかけているのか、半信半疑で振り返ると、大学生くらいの女の子が、ばっちり幸村のほうを、上目遣いでまっすぐ見ている。
「はい?」
「今、メンズの化粧品についてアンケートを・・・。」
有無を言わさず、幸村の身体にめり込むくらい、アンケートが挟まったクリップボードをぐいぐいと押し付けてくる。
「えっと、何を書けば・・・。」
押しに負けた幸村は、差し出されたボールペンを握る。
「ここに、お名前と〜年齢と〜。」
幸村は至極真剣な顔で、ボードにくくりつけてあるアンケートに取り組む。あまりに集中しすぎて、口はへの字に曲がっている。
「あの。」
そのりりしい横顔に、女の子はビビッとくるものがあったのか、どうやらフォーリンラブしたらしく。
「この近くに住んでるんですか?好きなタイプとかありますか?あの、あの、彼女とかいるんですか?」
猫なで声の甘いトーンで、アンケートに関係ないことを根掘り葉掘り聞いてくる。付け睫毛で目力増強されたつぶらな瞳で見つめられて、女性に全く免疫がない幸村は、うろたえるしかない。
「そっそんな・・・彼女なんて・・・っ。あの、そんなに近づかないで下さるか?」
その焦りまくる困り果てた声は、あたりに木霊していた。
「見いつけたっ。」
右上辺りから男性の声が聞こえた瞬間、間髪いれず、後ろからガバッと抱き付かれ、両腕で羽交い絞めにされた。あまりの前触れもない行動に、声が出ないほど驚いた幸村は、数センチ飛び上がった。そして、その後、続いた声が、驚き尽くめの幸村に追い討ちをかける。
「待った?お待たせっ。」
誰とも約束などしていないはず。
今日は吃驚する事が多すぎて、幸村の早鐘のごとく打つ心臓は、オーバーワーク気味だ。固まった状態の幸村は、頭の上から振ってくる声に、耳を澄ますしかない。
「彼女もごめんね〜、急いでるから、この子連れてくよ。」
「は、はあ。」
こう強引にされると、女の子もそういわざるをえなかった。
首をがっちりホールドされた格好のまま、哀れ幸村はその場所からずるずると拉致されてゆく。
「幸村が困ってる姿を、もっと高み見物していても良かったんだけど、なんだかオロオロしてて可哀想だったから、邪魔しちゃったよ〜。」
―――どちら様?どうして、俺の名前、知ってる?
やっと幸村は、ななめ上を仰ぎ見て、第二の登場人物を確かめる。幸村より十センチは高いであろう男が、幸村をニコニコ見つめている。
この人懐っこい笑顔、どこかで見覚えが。
どこかで、あれはそう、小さい頃に通っていた道場で。
「あっっ、け、慶次どのっ。」
おもわず、無礼を承知で、人を指差してしまった。
「あったり〜。」
人並みより数段大きくなった幼馴染は、満面の笑みで、返事した。
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